ひろりんさんからの Treasure  



麻生は苛立っていた。
乱暴に事務所兼自宅のマンションのドアに鍵をかけ、事務所スペースのあかりを消した。
少し早いが今日の業務は終了だ。
いずれにしろ、これから依頼人が来たとしても冷静に話しを聞くことはできないだろうし、村上警部補の友人が仕事の依頼をしてくれば他の依頼は受けられない。
上着を脱ぎベッドに放る。
冷蔵庫の中から缶ビールを取り出しプルトップに指を伸ばした時不意に練の顔が目に浮かんだ。

高安からの報告を受け練はどうするだろう?
浴びるほど酒を飲むのだろうか?
さして興味もない女に乱暴して傷つけるのだろうか?
それとも・・・

高安への苛立ちがいつのまにか練への苛立ちに変わり、麻生は缶ビールを置き、代わりにフェアレディの鍵と練のマンションの合鍵を手にした。

練のマンションの合鍵。
練から渡されたものの使ったことはなかった。
麻生が練のマンションに行くことはほとんどなかったから。
会いたい、と思うとまるで麻生の気持ちがわかっているかのように練から会いにくる。
来てくれるのを待っているのは卑怯だ、と言っておきながらいつも待っているだけの自分。
練が荒れる原因を作りながら荒れている練を想像して苛立つ自分。
練と付き合ってからそれまで知らなかった自分が見えてきた。

信号待ちの短い時間にも練の顔が浮かび、携帯を鳴らしたが電源が入っていないことを知らせるだけの無機質なメッセージが流れる。
苛立ちがますますつのっていった。

練のマンションに着き、部屋番号を押すが返事はない。
麻生は合鍵を使い部屋に入った。
自分の部屋とは似ても似つかない豪華な部屋。
でも不思議と落ち着く。
寝室に入りベッドに腰掛けると練のぬくもりが感じられ苛立ちが少しずつ静まっていった。
キャビネットを開けフォアローゼスのボトルを取り出しグラスにも注がず口に含んだ。
バーボンの香りに酒を飲みながらの練とのくちづけが思い出されて再び練への苛立ちが湧き上がってきた。
この苛立ちは嫉妬だ。
麻生は苦笑した。
けれども抑えられるものではないのだ。
練はどこで誰と何をしているのか?
今すぐ夜の街に飛び出しあてもなく練を探したい衝動にかられた。
つながらないことがわかっていながら何度も携帯を鳴らした。
無機質な応答を聞くとそのたびに携帯を床に叩きつけたい衝動にもかられた。

気がつくといつの間にか眠ってしまったようだ。
窓が少ない部屋だがそれでも外の明るさは感じられる。
麻生が腕時計を見ると既に12時近かった。
酒と疲れで思いのほか熟睡してしまった。
結局練は一晩中帰ってこなかった。
麻生が帰ろうと部屋を出て玄関に向かうとふいにドアが開いた。
練が帰ってきたのだ。
練の後ろには男がいた。
確か斉藤だ。俺と同じ元刑事・・・

「斎藤、シャワー浴びて着替える。1時間後に迎えに来い」
「はい」
斎藤は頭を下げ、出て行った。

練は麻生の姿が目に入らないかのようにバスルームに向っていった。
練の態度に麻生の怒りは頂点に達した。
練の腕をつかみ強引に引き寄せると乱暴に唇を奪った。
いつもと違うくちづけに戸惑い抵抗した練だったがすぐに麻生の首に腕を回し、自ら麻生の舌に自分の舌を絡めていった・・・
息苦しくなるほどの長いくちづけが終わると練は微笑んだ。
「ごめん・・・」
麻生は練の左の頬のえくぼを見ているうちに嫉妬した自分がおかしくなってきた。
練が他の男には決して見せない笑顔・・・

「1時間しかないから早くしようよ」
「1時間じゃ無理だ。歳とると時間がかかるんだ」
「情けねえの」
「お前だって歳をとるさ」
「ねぇ、歳とったらさ・・・」

練の言葉が途切れた。
練が何を聞きたいのか麻生にはわかっていた。
でも麻生は答えなかった。
練の望んでいるように答えたいのか答えたくないのか自分でもわからなかったから。

                                                                      By ひろりん



                                

    2009.5.24

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