ひろりんさんからの Treasure  



「ねぇ、これ行こうよ。」
いつものようにノックもしないでドアを開けた練が麻生に一枚のチラシを見せた。
練が最近贔屓にしているアーティストが出るロックフェスのチラシだ。

太陽が眩しい自然に恵まれた高原。しかも時刻は午後3時。
自分達にこれほど似合わない場所と時間はないと思いつつ、麻生は練と人込みの中に紛れていた。
あまり気が乗らなかったが結局来ることになった。だが音楽が流れてくると学生時代のように心が躍ってくる。
周りの人間も音楽を聴いたり、屋台の食べ物や飲み物を口にしたり思い思いに楽しんでいる。

「何か食べるか?」
麻生が声をかけると練が一軒の屋台を指差した。
「食べ物よりあれがいい。買って来る」
バーボンを売っている屋台だ。こんな所に来てまで・・・と苦笑しつつ麻生は食べ物の屋台に向った。
様々な屋台の中から麻生は一番人が並んでいるインド料理を選び、チキンやナンを買った。
店主は陽気なインド人で儲けようという気もないようで好ましい。
練は食べ物に関心はないが舌は肥えている。麻生は練が気に入ってくれればいいと思った。
こんな健康的な場所で、普通の物を食べて満足するような平凡な経験をして欲しいから。

麻生は練のいる屋台に向った。練はグラス売りのバーボンでは物足りないらしくボトルを買っていた。
ボトルで買うなんて練らしいな、麻生は練を見ていた。今日の練はごく普通のTシャツにジーンズ。
何気ない服装なのによく似合っている。

金を受け取った店の男が練の手を握り、そばにあったマジックで手の平に何か書いている。
男が練の耳元に何か囁いた。
戸惑うような笑みを返した練だが、自分を見つめる麻生の視線に気付き、何事もなかったかのように歩いてきた。
片手にボトル。もう一方の手にはクラッシュアイスの入ったビニールのカップ。

練と二人木陰の芝生に無言で腰かけボトルを開けた。
ステージからは遠いが音響がいいせいか、ほど良い音量でライブを楽しむことができた。

どれくらい時間が経っただろう。思い思いに音楽に酔いしれ、時々感想を語り、ゆったりした時間を過ごした。
もうボトルはほとんど空だ。

「ここいいですか?」
二人連れの女性が麻生の隣のスペースを指差して尋ねた。
「どうぞ」
麻生の返事に二人が腰掛けた。二人ともなかなか美人だ。20代後半といったところか。
二人は明らかに練に興味があるようで積極的に話しかけてきた。
無視する練を尻目に麻生は会話を楽しんだ。
久しぶりに普通の女性と話すのが新鮮で、ただそれだけで深い意味はなかった。
やがてライブは終わり、名残惜しそうな二人に別れを告げ麻生と練はあらかじめ予約しておいたホテルに向った。

練はずっと無言だ。
部屋に入るとようやく練が口を開いた。
「お持ち帰りしたかった?」
「何?」
「あの二人。けっこう美人だったし、あっちもその気だったし、あんたもまんざらじゃなかったみたいだし」
拗ねたような練の口調に麻生は思わず微笑んだ。
「おまえでもヤキモチを妬くんだ」
「楽しそうだった」
「普通の女の子と話すのが久しぶりだったからだ。二人とも刑事に取り調べられたり、探偵に仕事を依頼するなんてことに縁がないタイプだろ」
「わからないよ。これから先そうなるかもしれないし」
「そうだな・・・」
練は自分のことを言っているのだろうか・・・

「それより」
麻生は練の腕を引き寄せ少し強引に手の平を開かせた。
「消えてるな。残念だな」
あの男の書いた、おそらく携帯番号だろう。ほとんど消えかけて番号はわからない。
「頭の中に入っている」
「電話するのか?」
「妬いてる?」
練への愛おしさが増してくる。
「あの男を殴りたかった」
練は微笑んで麻生の首に腕を回した。


                                                                      By ひろりん


                                

    2009.9.20

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