A True Dream



練が背中を丸め、子猫のように誠一の腕の中に潜り込む。
自分のほっぺをちくちく抓っている。

「止めろ。痕が付くぞ」
「やっぱ、痛い・・・よな・・・」
「そりゃ痛いだろ、そんなことしてたら」

練は指を頬から下ろした。

「今日は、何だかすっげぇ良くって。
ふわふわ飛んでいるみたいだったから、もしかして、これって、夢なのかな?
って思ってさ」
「何馬鹿なこと言ってるんだ」

微かに赤くなった練の頬を誠一は人指し指でそっと撫でてやる。

「気持ち良過ぎて、頭おかしくなりそう」
「もう、十分おかしいだろう。おまえは」
「ふっ・・・酷いねぇ。じゃぁ、ずっと、このまま夢の中にいた方が、いいのかなぁ?」
「夢の中か・・・」
「うん、いいじゃん、二人で逃げるの、夢の中にさ」
「いいんじゃねえか、それもな。
なぁ、おまえ、どんな夢を持っていたんだ?」
「どんなって?」
「ガキの頃、何になりたいとかさ」
「う〜ん・・・オレ、スポーツとかあんま得意じゃなかったから、どっちかっていうと、インドア。
レゴやったり、漫画ばっか読んでたな。小さいころは、ロボットとか作りたかったんだ。
職業でいうと、何だろ?科学者とか、エンジニアってとこかなぁ。
誠一は?」
「俺は、小学生の頃は、プロ野球の選手。中学に入った頃には、それはもう無理だと諦めた。
公務員になって、お袋、楽させてやりたいって思ってたな」
「へぇ〜偉いじゃん」
「中学くらいになれば、夢よりも現実が見えてくるだろ。
女手ひとつで苦労して育てて貰っているのも、分かってたしな。
高校入った時には、東大出て、国家公務員試験受けて・・・
それから・・・」
「それから?」
「笑うなよ」
「うん」
「外務省入って、外交官になるのが夢だったんだ」
「ぷっ・・・ええ〜誠一が、外交官!?」
「笑ったな」

誠一は、練の鼻先をきゅっと摘んでやった。

「そう、それが今じゃ、ヤクザの外交やってる」
「いいじゃん、夢が叶って」
「あ、そういえば、オレの親父の夢も・・・」
「おまえの親父さんの?」
「うん、兄ちゃんには、京大出させて、政治家に。
オレには東大行かせて、大蔵官僚にさせるのが夢だったらしい」
「はっはっはっ。お前が大蔵官僚だと?」
「笑えるよね」
「大蔵官僚よりも、金数えるのに関してはプロじゃねぇか。夢が叶ったな」
「オレの夢じゃないし」
「おまえも東大受けたのか?」
「現役の時はね、受けるつもりで願書出してたけど、麻疹になちゃってさ、受けられなかったんだ。
私大じゃダメだって言われて、無理矢理浪人させられて。
でも、浪人している間に、オレにも夢ってものが見つかった。
パソコンをやりたかったんだ。
これからの時代は、何でもパソコンで出来るようになる。
オレ達が子どもの頃に漫画で見ていたものが、現実になるって思ってね。
幼稚園児のガキから、じいさん、ばあさんまで、誰でも間単に操作の出来るパソコンを作りたかったんだよ。
それには、理系で情報科学を勉強しなくちゃならない。
悩んでいたら、兄ちゃんが、『親父の夢は俺が叶えてやるから、練は自分の好きなことやれ』って、言ってくれて。
親父に内緒で、東工大に願書出しちゃったんだ。親父にバレて叱られた時も、兄ちゃんが説得しくれた」
「いい兄貴だったんだな」
「うん」

練の兄のことは、以前、あの事件のことを聞いた時に知った。
おそらく、練にとっては、人生の中で一番辛い出来事だろう。
これ以上、思い出させては可哀想だと、誠一は話題を変える。

「練、俺、新しい夢が出来たんだ」
「新しい・・・夢?」
「そうだ、今、その夢に向かって、一歩一歩、進んでいる。
はたして、生きている内に叶うかどうか分からないけどな・・・
でも、俺は諦めない」
「どんな夢?」
「聞きたいか?」
「そりゃ、そんな風に言われたらね」
「聞いたら、お前にも、継がせるぞ」
「継がせるって?」
「だから、俺が出来なかった時、おまえが後を継ぐってことだ」
「何それ。それって、誠一の我侭じゃん」
「嫌なら、言わない」
「誠一が出来ればいいんでしょ?」
「まあな。でも、そんな簡単なことじゃないから」
「俺に応援してもらいたいなら、はっきり言えば?」
「お前も偉そうなこと言うようになったよな」

誠一は練のおでこをつんと突いてやった。

「俺はな、ヤクザの子どもとして生まれたけど、一緒に暮らしていたわけじゃないから、大学に入るまで何も知らされていなかった。
公務員試験目指して、黙々と勉強してたのに、ある日突然、おまえは春日組の幹部の息子だって言われてさ。
何がなんだかわからないうちに、ヤクザになっちまってよ。
これが、俺の運命だと思って、諦めて。
ま、どうせこんな世界で生きていかなくちゃならないんだったら、
周りが、びっくりするようなことやって、とことん、ヤクザになってやろうって腹決めてな。
でも、最初は理解出来ないことばっかだったんだ。
やれ、誰がやったの、やられたのだの、敵討ちだの、
どこの組が小さいの、どこの組が大きいのとか、な。
いつも、いつも、ちっぽけなことで、いい大人が命かけて、争ってさ。
何が仁義だ、馬鹿みたいだって、思ってた」
「ふうん、それで?」
「俺は、思ったんだ。これは、上に立つ人間がちっぽけだからだ。
下っ端は頭の命令がすべてなんだ。理不尽だと思っても、従わなくてはならない。
それはおかしい、反対だ、なんて、絶対に言えないもんな」
「うん」
「だから、頭が賢くなればいいんだと。
俺がやってやる」
「誠一が・・・組長になるって・・・こと・・・?」
「あぁ、いずれはな。それも、春日だけじゃない」
「え・・・?」

練が不思議そうな顔をして、誠一を見上げた。

「今、春日は実質、東京では一番でかくなった。もちろん、俺がしたんだ。
そして、次は、関東。そして、最終的には、日本を制覇する。
争いのない“帝国”を作るのが、俺の夢なんだ」

「ははは〜“帝国”? “帝国”だって!?
もう〜 誠一ったら、映画の見過ぎじゃねえの?あぁ、腹いてえ」

練はお腹を抱えて、笑っていた。
真面目な夢なのに、ここまで笑われて、誠一は無性に腹が立った。
蹴りを一発入れてやる。

「ごめん、ごめん、びっくりしたんだよ、いきなり、“帝国”なんて言うからさ」
「いずれ、日本のヤクザは、香港マフィアと、戦っていかなきゃならなくなる。
そうなったら、国内で、ちまちま争ってる時間はなくなるさ。奴等のやることは、半端じゃねぇし」
「で、誠一が王様になって外交官もやるわけだ」
「ま、まずは、先のことより、身近な問題からだ。俺は、神崎と手を組む」
「あの神崎とか?そんなこと出来るのか?」
「だから、それが、外交ってものさ」
「っていうか、親父さんの敵なんじゃないの?」
「だから、そんなちっぽけなことは、どうでもいいって、言ってんだろ」
「ヤクザの帝国の王様か、面白ろいよ・・・ホントに・・・誠一・・・
ははは〜おかしい」

練が、また笑い出した。

「笑ってられるのも今のうちだ。俺が先に死んだら、これは、おまえの仕事になるんだからな」
「オレ、ヤクザの外交なんて、出来ないよ」
「出来るとか、出来ないって問題じゃない。
おまえが、やれ。やるんだ」
「面倒くさいことは、オレ、嫌だから」
「おまえなら・・・きっと・・・出来る」
「っていうか、誠一の夢なんでしょ。
誠一が叶えればいいじゃん。オレの夢じゃない」
「あぁ、だから、俺が死んだら、って言っただろ」
「死ぬなんて言うな」
「俺はいつだって、明日死ぬかもしれないって覚悟は決めて、戦ってるんだ。
遺言は、今の内からちゃんと残すもんなんだよ」
「口約束だけじゃ、ダメなんでしょ?」
「一筆書いておいてやる」
「いらね。そんなもの」
「おまえは、俺より金持ってるからな、金なんて遺す必要はない。
だから、俺の夢を遺してやるよ」


練は誠一の上に跨り、両方の掌で誠一の頬をそっと包み込んだ。
いつのまにか、練の睫には、大粒の涙の雫が載っかっていた。

「死ぬとか言うな」
「人の寿命なんて、誰にもわからない」
「誠一の夢は、継いでやらない」
「俺の遺言でもか?」
「だって、誠一が死んだら、オレも死ぬから」
「そんなのダメだ」
「生きている意味が無くなる」

「だから、与えてやるんだ。
俺の夢を叶えるために、
おまえは生きろ」

堪えきれずに、涙の雫が、ぽとり、ぽとりと誠一の頬に落ちてきた。

「今、うんと言えば、書かないでおいてやる。
公式に残るよりは、残らない方が後々都合がいいだろ?
俺は、おまえの言葉さえあえばいい」
「すっげぇ、無理やりじゃん、
どっちにしても・・・
俺にやれってことじゃねえか・・・」

練は、柔らかい唇を誠一に押し付けた。

「返事もらったぞ」

練は何も言わずに、只頷いて、また、誠一の胸に頬を寄せた。


ーーー俺の本当の夢。
    それは、決して叶うことがないから、夢とは思わない。
    俺の心の片隅にしまっておく。
    誰にも見せてなんかやらない。
    時折、一人で、こっそり覗いて見るだけでいい。
    俺と練の未来は、
    そこでしか見れないから。


   夢は叶えるものだから。
   叶えられるものを夢にするんだ。


誠一は練の細腰を力いっぱい抱きしめた。


                                

    2009.5.2

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