捨て仔犬  1 



先月、立岡さんの出所祝いで、銀座の店に連れて行って貰った時、俺は練と再会した。

春日組の韮崎さんにやり手の企業舎弟が付いているとの噂は聞いていたが、それがまさかあの練だったなんて、本当に信じられなかった。
あまりの衝撃で気分が悪くなりトイレに駆け込んだら、練が後を追いかけて来て、トイレの中でキスをされた。

「さっきの名刺は会社のだから、こっちに電話して」と、
俺の携帯を無理やり取って、自分の番号を登録していった。
でも怖くて、どうしても電話がかけられなかった。

しばらくして、練から電話がかかってきた。
今日は仕事が速く終わったから、今から一緒に飲みに行こうと言うのだ。
武藤の親父さんは、韮崎さんのことが大嫌いだ。
その韮崎さんの愛人と俺が会っていることが、バレたら・・・
どちらに知られても、俺の命はないだろう。
行けるはずがないじゃないか。
まったく、アイツは、何もわかっちゃいないのだ。

「もうおまえとは会えない、すまない」
「ずっと、ずっと田村のこと待ってたのに・・・会いたかったのに・・・ひどいよ・・・」
と、しくしく電話の向こうで練が泣き出した。

俺が、武藤と春日の関係を説明したのだが、練はそんなことお構いなしだ。
「ふっ・・・らって、おれたちともらち・・・だろ?ともらち同士が会うのに、組とか関係ないじゃん・・・
それに、おれは春日の組員じゃないんだからぁ! うっ・・・うぅっ・・・」
何とかうまく理由をつけて断ろうとしたのに・・・
いつのまにか、練の泣き声に心が動かされてしまった。
たぶん、うそ泣きだとは思うけど。

「わかった、わかった。でも、外で会うのは、勘弁してくれ。誰に見られるかわからないしな」
「だったら、オレん家に来ればいいでしょ?じゃ、今すぐタクシー飛ばして来てね!」


練に言われたマンションの名前をタクシーの運転手に告げた。
道が空いていたので、20分ほどで着いてしまった。
エントランスでオートロックの部屋番号を押した。
大丈夫・・・だよな?
誰にも見られなかったよな?
思わず、辺りを見回してしまった。
扉が開きマンションに入る時も、心臓がバクバクして、足は震えるは喉はカラカラになるは、生きた心地はしなかった。
エレベーターで最上階に上がった。

部屋のドアが開くと、練がいきなり抱きついてきた。

「わ〜い!た〜む〜ら!田村だ!田村がやっと来てくれたぁ〜!」

練は、嬉しそうに笑って、唇を重ねてきた。

懐かしい、練の匂いがした。

練は、なかなかキスから開放してくれない。

「本物の田村だ〜」

練は俺の手を引き、飛び跳ね、スキップしながら進んで行く。
長い廊下を通り、バカでかい部屋に通されて、ふかふかのソファーに座らされた。

「へぇ〜すっげえ広いな。ここ、韮崎さんが買ってくれたのか?」
「オレが自分で買ったんだよ。誠一には何ももらってないから」
「え、マジで?たいしたもんだなぁ、おまえ」


それから、練がムショから出てからのこと、韮崎さんに拾われたこと、どうして、こんな豪華なマンションに住めるようになったのかをぽつりぽつりと話てくれた。
まぁ、ムショにいた時から、こいつは頭がいいとは思ってはいたが。
まさか、こんな短い期間で数億の金を自由に使えるようにまでなるなんてな。
練の話を聞いていても、あまりに現実離れしていて、俺なんかにはどうもピンとこなかった。
なんだか、練が雲の上の人間になってしまったような気がして、少しムカついた。


練は俺の頭を膝に乗せ、俺じゃぁ滅多に呑めないような高級なスコッチを呑んで、けらけらと笑いながら楽しそうに話している。
カシューナッツを高く放り投げては、上手く口で受け止め、ぽりぽりといい音を立てて食べていた。
手元が狂うと、俺の頭の上にカシューナッツが落ちてくる。
練は俺の頭に顔を近づけて、それを唇で拾い、またぽりぽりと食べた。
そして、にっこりと微笑みながら耳元でそっと囁いた。

「ねぇ、田村、しようよ!」

「冗談言うな!俺は、まだ死にたくない」
「なんで、俺を抱くと田村が死ぬのさ?」
「韮崎さんの愛人なんだろ?おまえ」
「そんなんじゃないよ。だって、誠一は俺が誰と寝ても怒らないし。誠一だって、愛人たくさんいるんだよ。
オレのところに、しょっちゅう来るわけでもないんだし。だから大丈夫だって!」
「監視カメラとか、付いていないのか?この部屋」
「そんなの付いてるわけないでしょ! ねぇ〜行こっ!」

練はガバッと立ち上がると、俺の腕をものすごい力でぐいっと引っ張り、ベッドルームへと連れて行った。

俺は、ド〜ンとベッドに押し倒された。

「田村としたかったよ。オレ、誰とヤッテも、田村のこと思い出していた」

こんな柔らかいベッドには生まれてこの方寝たことはないだろうってくらい、
ふかふかの大きな大きなベッドに寝かされて、俺はあっという間に身包み剥がされた。

「ねぇ、田村、気がついている?」

と、練が甘い声で囁いた。

「えっ、何を?」
「オレ達・・・
ベッドでヤルの初めてなんだよ?」

練はほんのり頬を染めて、本当に幸せそうに俺の耳朶を舐めた。

そりゃそうだ。
俺達は、
ムショの中の、
あのペッタンコの煎餅布団の上で、
滅多に干してもらえない湿っぽい布団を頭まで掛けて、
誰にも気づかれないように、
喘ぎ声も出せずに、
息も止めながら、
こっそり、こっそり、抱き合っていたのだから。

あの懐かしいスイカの匂いが鼻腔を掠めたその瞬間に、
もう、どうにでもなれと思った。
韮崎さんに見つかっても、
武藤の親父さんに見つかっても、
いいと思えてきた。

「練・・・」

今度は、俺が練の服を脱がしてやった。

「ねぇ・・・た〜む〜らぁ〜
アレしようよぉ」
「何?」
「ほら、わんこごっこ!」

練が仔犬のように甘えながら、俺の腕に噛み付いてきた。

「噛んでよ」

何の娯楽もないあの中で、俺たちが大好きだった遊び。

俺も、練の二の腕を噛んでやった。

「ん・・・くすぐったい〜」

俺たちは、犬っころのように、じゃれあって遊んだ。
あの頃のように。

「あぁ〜田村に噛んでもらうと、ホント、気持ちいい〜」

真っ白な肌に、
薄紅色の歯型の痕が、
花びらのように、舞い散っていく。

柔らかい唇と唇が触れ合って、
柔らかい肌と肌が触れ合って、

一気に、互いの中心が熱くなっていくのがわかった。

「ねぇ、ここも噛んでよ・・・」

「ったく、どんな仔犬だよ、おまえは」

二人で、噛み合って、笑い合った。

今はこのまま、何も考えずに練に触れていたい。

ふかふかのベッドの上で、
ふかふかの練の中に、
身も心も埋めた。


                                

    2009.6.10

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