捨て仔犬 3  



接待の相手の体調が悪く、2軒目は行かずにお開きになってしまった。
店の外に出たら、かなり気温が下がっていて、思わずポケットに手をつっこんだ。
まだ、呑み足りない。
どこかで、冷えた身体を温めたい。
と思ったら・・・

俺の足は、いつの間にか、あそこに向かってしまう。
昨日も行ったばかりだというのに・・・

自分から電話をするのも腹立たしいから、決してしない。
いなかったらいなかったでそれでいいと思い、待たせていた車に乗り込んだ。
沢木に南青山のマンションの名前を告げる自分に思わず笑いが込み上げてくる。
まったく、何やってんだか・・・

エントランスに着いたら、偶然出てくる人がいて、面倒だったから、そのまま上がってしまった。
玄関でチャイムを鳴らそうとしたら、ドアは開いたままだった。
部屋に入ると、いつもと違う違和感を感じた。


な、何なんだ・・・?
この匂いは・・・

微かに、微かに、感じる・・・青臭い匂い・・・

たぶん・・・
間違いない・・・

あいつが、この部屋に人をあげるなんて・・・
今までなかったよな・・・

くそっ・・・
腹の底から、言葉にできない感情が・・・
というより、言葉にしたくない感情がムラムラと湧き上がってくる。

あいつと暮らしたのは、わずか半年程の間だったが、
その間、俺は自分で自分の感情をコントロール出来なくなる程、あいつに惑わされた。
毎日、犯して、犯しまくって。
どんなに酷い抱き方をしても、あいつは壊れなかった。
といより、もうすでに、壊れていたから、あれ以上壊れようもなかったのだ。
気持ちいいと言っては、泣きながら、もっと、もっとと縋って、その先を強請るあいつに、
どうしようもなく、惹かれていった。

生まれて初めての経験だった。
あいつなしじゃ、もう生きていけなくなりそうで怖かった。
このままでは、絶対におかしくなってしまう。
いや、もうなっているのかもしれない。

そんな自分が嫌になって、とにかく、あいつを追い出さなくてはと、
もう一度、線路に捨ててやろうかと思ったが、
あいつの顔を見ると、どうしてもできなかった。

だから、ゲームのような賭けをした。
何でもよかったのだ。
あいつを追い出せれば。

あいつが負ければ、捨てる。
あいつが勝てば、開放する。
どっちにしても、自分の側から離すことには変わりないのだが。
只、自分への言い訳に。

あいつは、そのゲームに見事に勝った。

そして、俺は、自分の元からあいつを離すことに成功したのだ。


それなのに・・・

一日、二日会えないだけで、気が狂いそうになる。
俺には、他にも行くところがたくさんあって、不自由はないはずなのに。

俺が行かない日に、あいつは俺の知らない誰かに抱かれているのかと思うと、
いてもたってもいられなくなる。

そして、来てしまうのだ。
この部屋に。

今まで、あいつがこの部屋に人を入れた気配を感じたことはなかったのに、
今日、初めてそれを感じた。

一体、どこのどいつだ・・・?


あいつはソファーに座って、酒を呑みながらテレビを見ていた。
俺が入ってきたことに気づいたが、立ち上がろうとしない。

「黙って入って来るなんて、趣味悪いね」
「偶然、人が出てきた。そして、偶然、ここも開いていたからな」
「え、開いてた?」
「あぁ。物騒な世の中なんだ、戸締りはちゃんとしておけよ」
「そだね、怖い人が入って来るかもしれないしね」

あいつは、へらへらと笑った。
ムカツク。
頭に血がカーッと昇っていくのが、わかった。
思わず、拳を握り締める。

「入ってきたら、拙いことでもしてたんだろう?」
「別に」
「誰かきてたのか?」
「田村」
「そうか」

動かないあいつの前で、ネクタイをゆるめて、放り投げた。

「珍しいじゃん、昨日も来たのに」
「ちょっとな、接待が早く終わったんだ」
「ふうん」
「武藤の叔父貴は、知っているのか、田村とおまえのこと」
「さぁ」
「気をつけてやれよ、あの人は俺のこと、嫌いだからな」
「只の友達なんだから、会うくらいどうってことないでしょ」

「只の友達と・・・会っている・・・だけなのか・・・?」

自分でも、なぜ、こんな言葉が口から出たのかわからなかった。
あいつは、ニヤリと笑った。

「へぇ〜もしかして、妬いてくれてる?」
「ば〜か、俺がなんで田村なんかに・・・」

くそっ!
これ以上話し続けたら、何を言いだすのかわからない自分が恐ろしくなってきた。
今日は、帰ろう。
帰った方がいい。

「帰る」
「今、来たばっかなのに?」

あいつは立ち上がり、俺の前に立った。
まともに目が見れなくて、横を向いてしまった。

「なんか、怒ってるの?」
「別に」
「じゃぁ、折角来たんだから、ゆっくりしてってよ、ねぇ」

あいつは腕を俺の首に回して、抱きついてきた。
何もかもわかってて、俺を誘っているのだ。
ボデイソープの匂いが鼻を掠めた。

だめだ・・・
だめだ・・・
絶対に、自分を制御できなくなる・・・


「何をするか、わからねぇ」
「いいよ、別に」

「優しくなんて、できねえぞ」
「いいよ、今更」

あいつは、くすくす笑いながら、鼻をくっつけてきた。
妖艶な瞳にずんずんと吸い込まれて、
身体中の血が熱くなっていく。

「ね、滅茶苦茶に抱いてよ」
「あぁ、覚悟しろよ」

相当、イカレてんな、俺たちは。

俺はあいつの顎を掴み、そっと唇に触れた。

もう・・・
帰れない・・・

もう・・・
止められない・・・

もう・・・
逃げられない・・・


こうして、俺は、
あいつと堕ちていく・・・

深い深い、闇の底に・・・

  
「妬いてくれて・・・
 嬉しいよ・・・」
「おまえに、そんな風に言われるとはな」
「ムカつくんだったら、何してもいいよ」
「おまえが、何をしようと自由だ。
 妬いてなんかいない」
「だけど、あんたにはできないよ」

「どうかな?」

あいつの笑顔を見たら、
もう、どうでもよくなった。


「ん」

俺は、一人で頷いた。
馬鹿みたいに、悩むのはよそう。

どうせ、この感情に答えは出ないのだから。
そして、
あいつから離れることもできないのだから。

気持ちよければ、それでいいじゃないか、
と、心の中で自分にそう告げた。


滅茶苦茶に乱暴に、

そして、
滅茶苦茶に優しく、

練を抱いた。



                                

    2009.7.4

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