あれから、半月程経ったある日、
俺は、また練から呼び出された。
部屋に入ると、練がいきなり俺の手を掴んで長い廊下を歩き出した。
いくつ目かのドアを開くと、そこはウォークインクローゼットになっていて、
両側にたくさんのスーツやシャツが掛けられていた。
練は奥に置いてあった大きな箱を取り出して、俺に手渡した。
そこには、俺でさえ知っているあのイタリアの超有名ブランドのマークが付いていた。
「はい、これ、俺からのプレゼント!」
練は、にっこりと嬉しそうに笑った。
「な、何だよ?」
「いいから、開けてみてよ!」
ま、この形だと、たぶん、スーツだろうということはわかったが。
光沢のある赤いリボンを解き箱を開けると、予想通り、濃いグレーの上等なスーツだった。
このブランドだと、俺がいつも着ているスーツとは、一桁は違うだろうな、と思う。
「どうして?こんなものを」
「えっと、Yシャツとネクタイも靴もあるからさ、着替えてくれる?今すぐ」
練は、あと二つ、紙袋を俺の前に掲げた。
「だから、何だよ?これ」
「え、俺からのプレゼントだって言ってるじゃん。
俺が選んだんだかららね!きっと、似合うよ〜 さ、早く!早く!」
練はYシャツを袋から取り出して腕に掛けながら、器用に俺のスーツとYシャツのボタンを外し始めた。
何か・・・
嫌な予感がするのは、気のせい?
練は、楽しそうに鼻歌を歌いながら俺の服を脱がし、まるで母親が子どもの着替えをするように、プレゼントの服を着せてくれた。
「ほ〜ら、ぴったり!」
そして、ネクタイまで、締めてくれた。
サイズもバッチリだ。
身体に、ぴったりフィットして、着心地が良い。
等身大の大きな鏡の中の俺は、自分でもびっくりする程、イイ男に見えた。
着るもんが違うと、こんなにも、変わるもんなんだな。
「練、なんで、俺のサイズを知ってるんだよ?」
「そりゃぁさ、首周りとウエストは俺よりちょっと大きくて、
でもって、足は俺よりちょいっと短い、だろ?
俺の身体は、田村のサイズをよく覚えてんのさ!あんなとこも、こんなところもね」
そう言って、練は俺の股間をぎゅっと握って、ケラケラと笑った。
「おい、こら!」
「さ、これで、準備はOK!ご飯食べに行こうよ!」
「何だよ、ドレスコードでもあるようなところに連れて行くつもりなのか?」
「う〜ん、そんなのないと思うけど」
「どんな店?」
「知らない」
「おまえも、行ったことない店なのか?」
「うん、だって、誠一が連れて行ってくれるんだもん」
「ええええええ〜韮崎さんが!!!」
「そうだよ」
ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!
この間、ここに来たこと、バレたのか?
練が言いやがったのかよ?
俺の心臓の鼓動は、急に激しくなってきた。
これって、もしかして・・・
あれか、死に装束?
腹切れってことなのかよ?
俺の額と背中から、嫌な汗がじわりと噴き出して流れた。
「何かね、誠一が美味いもん食わしてくれるんだってさ!」
「おっ、俺、遠慮しておくよ」
「え〜、折角、誠一が田村も一緒にって言ってくれてるのに、断ったら、誠一怒っちゃうよ〜」
いやいやいやいやいや、
そういう問題じゃなくて、
もうすでに、韮崎さんを怒らせてしまってるんだ、俺。
だから、言ったんだ、この間。
絶対、この部屋、監視カメラ付けられてるんだって!
はぁぁぁぁぁぁぁぁ〜
どうしよう〜
埼玉に埋められるのかよ・・・
東京湾にポチャ〜ンとか?
それとも、チャカで、ババ〜ンとか?
そっか、やっと、わかった。
最後の晩餐なんだな・・・
さすが、韮崎さんだよ。
悪魔のようだと言われているけど、
本当は仏様のように慈悲深いお方なんだよ。
だって、
こんなに綺麗な服着せて、
美味いもん食わせて、
夜空の星にしてくれるなんて・・・
チクショウ!
嬉しくて、涙がちょちょ切れるぜ!
その時・・・
ピンポ〜ン ピンポ〜ン
と、チャイムの音が、高らかに鳴った。
練が走って、インターフォンで応答した。
「誠一、下で待ってるってさ!さ、行こ!」
練は天使のような笑みを零し、固まったままの俺の手をぐいっと引いて歩き出した。
はぁ・・・
俺の人生って・・・
結構、短かったな・・・
でも、まあ、好きなことやってたんだから、悔いはないよ。
最後に、一言でいいから、
母ちゃんの声が聞きたかったな・・・
このまま、エレべータが止まって、
中に閉じ込められれば、
いいなと思った。