捨て仔犬 6  



連れて行かれたのは、六本木のお洒落な超高級焼肉店だった。
韮崎さんと練が並び、俺は向かい側に座った。

車の中から、俺の意識はもうどっかに吹っ飛んでしまっていて、
二人が何を話しているのかも、よく聞き取れなかった。
たまに、練が、「なぁ、田村」とか話を振ってくるんだけど、
笑おうと思っても、極度の緊張でほっぺが引きつって、口をぱくぱくさせるだけで、
言葉になっているのかすらも、わからない。

そんな俺を見て、練がけらけらと笑う。

「ほら、誠一が怖いって言ってるよ」
「いっ、いえ、そ、そそそんなこと・・・」
「田村、お前を焼いて食おうってんじゃねえよ。
遠慮するな、いくらでも食え。ここの肉は旨いぞ」
「ああ、ありがとうございます」
「練、お前が適当に頼め」
「ん、田村、いっちばん高いのじゃんじゃん食べようね〜」

どう足掻いても韮崎さんからは、もう、逃げられないだろう。

今生の思い出に・・・
そう、これが、最後の晩餐なのだから。

俺は、覚悟を決めた。
そして、開き直った。
なるようになれってんだ。
ちくしょう、食って、食って、食いまくってやる。

うんめぇ〜
口の中で、とろけるぜ。
こんな肉、今まで、食ったことねえ。

酒も、ガンガン飲んだ。
そうだよ、酔っちまえばいいんじゃん。

へろへろになって、訳わかんなくなったところを、
ガツ〜ンでも、ババ〜ンでも、ポチャ〜ンでも、
もう、何でもいいぜ。
頼むから、苦しくない方法で、一発でトドメを刺してくれよ。
なぁ、練、俺達、友達だろ?

そんな俺を見て、韮崎さんと練が、顔を見合わせて笑った。

「田村、もう少しゆっくり食えば。誰も、取らねえって」
「武藤の叔父貴は、大丈夫なのか?練と会ってて」
「別に、まだ、何も言ってないんで」
「そうか、これからのこともあるからな。
何か言われたら、俺が話をつけてやるから、言ってこいよ」

え・・・?
これからのことって・・・?
何言ってるんだ?韮崎さんは・・・

その時、
練が急に立ち上がって、席を外そうとした。

ちょちょちょちょっっっっと待ったぁ!
俺と韮崎さんを二人になんてするなよ!
俺は恐怖のあまり、立ち上がってしまった。

「ちょっと、トイレ」

練はにこりと笑って、すっと立ち去った。

「いいから、お前は座ってろ」

韮崎さんにビシッと言われて、俺は仕方なく座った。

どうしよう・・・
怖い・・・
ヤバイ・・・
息もできない・・・

妙な空気が流れた。
この沈黙・・・
いったい何話せばいいんだよ・・・
俺は身体の震えを押さえるのに必死だった。

突然、韮崎さんが俺のグラスにビールを注ごうとした。

ひええええええええ
マジかよ!

俺はビビって、韮崎さんの持っているビール瓶を取ろうとした。

「わ、もう、韮崎さんに・・・俺、気がきかなくって、すみません」
「田村、俺の酌じゃ飲めねえのか?」
「いいいいいいいえいえ」

手が震えて、グラスも震えていた。
韮崎さんは、はははと大声で笑って、俺の肩をぽんぽんと叩いた。

「そんなに俺が怖いのか?」
「いや、いえ、そんなことねえッス。いただきます」

俺は注がれたビールを一気に飲み干した。
そして、韮崎さんに返杯のビールを注ぐと、韮崎さんも一気に飲んてくれた。

「ありがとうな、田村」

突然、韮崎さんが穏やかな声でそう言って、俺に頭を下げた。
俺は目の前の光景が理解できずに、只、ぽかんと口を開けたまま、言葉を発せられないでいた。

「韮崎さん・・・」
「お前が練を助けてくれたんだってな。練が、命の恩人だって言ってたぞ」
「そんな、俺・・・何も・・・」
「これからも、友達でいてやってくれよ、な。
あいつに、友達なんていないだろうし」
「は、はい」
「俺は、練を組に入れるつもりはない。
本当は、俺等なんかと一緒にいちゃあいけない奴なんだ。
わかるだろ?おまえも」
「はい」
「でもな・・・
これは、練に言うなよ」
「も、もちろんです」
「俺なぁ、練を手放せなくなる、きっと・・・
今まで、いろんな奴と・・・まぁ、今だってあいつ以外にたくさんいるけどよ。
練だけは、違うんだ・・・何でかな・・・」
「韮崎さん・・・」
「馬鹿みたいだ・・・と、自分でもわかっているんだ。
これ以上同じ屋根の下に住んでると、どうなっちまうのか、
怖くて、追い出したってのに・・・
外に出したら、出したで、あいつが何してんのか、
気になって仕方ねぇんだよ。
ったく・・・」

韮崎さんはふぅっと溜め息をつき、肉を一切れ摘んで口に入れた。

「でよ、お前、練のこと・・・
面倒みてやってくれないか?
抱きたかったら、抱いてもいいし。
どこの馬の骨だかわからない奴よりか、よっぽどお前の方が安心できるしな」

韮崎さん、
相当、イカレちゃってるんだな、
練に。

ちょっと照れて、横を向いた韮崎さんは、
ジュクを牛耳っている影のドンと言われる人には到底見えないような穏やかな顔をしていた。

「わかりました」

悪魔だって恋をするんだ・・・

いいじゃん。

そう思ったら、
何だか、胸のあたりがじ〜んと熱くなってきた。
別に飲みすぎたわけじゃないけど。
そして、身体がす〜っと軽くなって、強張りも解けてきた。

練、よかったな。
こんな優しい人に惚れられて。


練が戻ってきて、韮崎さんの隣に座った。

「田村、大丈夫だった?」
「何が?」
「だって、誠一怖くて、震えてたじゃん」
「そんなことはねえよ。怖いだなんて、韮崎さんに失礼なこと言うな。
韮崎さんは・・・」

「ん、んん」

韮崎さんが、意味ありげに咳払いをし、話題を変えた。

「練、一人暮らしするようになって、碌な飯食ってないんだろ?
そうでなくても、おまえは酒ばっか飲んで、食わないんだからな」

韮崎さんが、焼けた肉と野菜を山のように練の小皿に乗せた。

「ほら、野菜もたくさん食え」
「もう〜子どもじゃないんだから」

練が口を尖らせて、拗ねる。
その顔を見て、韮崎さんが笑った。
韮崎さんが笑ったのを見て、練も笑った。

そして、二人の笑顔を見て、
俺も笑った。


とりあえず、
俺は、
生きていけるらしい。

そして、
韮崎さんのお許しが出たから、
練も抱いていいらしい。

凡人の俺には到底理解できそうにもない二人の関係だけど、

ま、いっか。

練のマブダチだしな。



                                

    2009.8.23

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