Purple Town  1 



夕闇迫る土曜日、
西の空がパープルに染まる頃、
一人、また一人と吸い込まれていく、
「パープル」の館。

今宵ひとときの、
弾けて消える泡のような、
夢を見るために――――



突然、電話が鳴った。

「ちょっと、緊急事態だ。わりい、おまえのとこの、ほら、何て言ったっけか、
すんげぇ綺麗な人形みたいな顔した子いたじゃん」
「練ちゃんのこと?」
「今日一日、ヘルプ頼めないかな?出張で指名入ったんだけどさ、
そいつ、インテリで、超神経質で、細かい奴なんだよ。
いつも文句たらたらでさ、やっと、そいつのお気に召すような子を出せるようになって、
ここんとこ、文句言わなくなったってとこなのに、今日に限ってその子が休み取っててさ。
連絡もつかないんだよ。なぁ、頼むよ。一生のお願い!」
「練ちゃんは、ウチのNO.1なんだよ。出張費すっご〜く高くつくけど?」
「構わない。そいつは、金払いはいいんだ。金持ちのぼんぼんなんだろうな、たぶん」
「じゃぁ、この間の借りは、これでチャラってことで」
「あぁ、もちろんだ。助かったよ。えっと、ホテルは、六本木の・・・」


「練ちゃ〜ん、ちょっと来て〜」

控え室でごろ寝しながら待機していた俺は、オーナーの部屋に呼ばれた。
この言葉から、長い夜がまた始まるのだ。

「悪いけど、今日は出張に出てくれるかな?ここね」

オーナーは、ホテルの名前とルームナンバーが書かれたメモをくれた。

「ごめんね。俺にも色々付き合いがあってさ、頼まれると断れないんだよね。
大丈夫、お金持ちのいい人みたいだからさ。心配することないよ」

パープルに入ってからは、出張なんてほとんどしたことはなかったから、
たまには、出張も気分転換になるかもな、と思った。
ただ、金持ち=いい人だなんてありえない。
実際は、その逆の方が多いってこともわかっている。
でも、それは、オーナーが自分を不安にさせないようにとの優しさだ、ということもわかっている。

どうせ、どんな相手だって、場所がどこだって、やられることは一緒なのだ。

「はい、わかりました」
「今日はそこだけで、もうこっちには戻らなくていいからね!
 行ってらっしゃ〜い」

俺は黙って頷き、店を後にした。
タクシーに乗り、ホテルの名前を告げた。

確かに、豪華なホテルだった。
こんなよれた服で、入るのも気が咎めるような。

もう一度、メモを取り出し、ルームナンバーを確認した。
エレベーターに乗り最上階で降りると、その部屋はスィートルームだった。

「ここか」

ふうっと、一息ついてから、チャイムを鳴らした。

カチャ。

扉がほんの少し開いただけで、中の人は見えない。

「あの・・・ブラックナイトさんから出張でまいりました・・・」

今度は、扉が大きく開かれた。
男に手をぐっと引き入れられて、部屋に入った。

とても広くて、映画に出てくるような豪華な部屋だ。

この人、背が高いなぁ。

じろりと顔を見られた。
指名した奴と違ったから、怒っているのだろうか。
そのくらいは、伝わっているはずなのに。

大きなダブルベッドの横のテーブルには、ビール瓶が置かれていた。
その人はすでにバスローブを着ていた。

「シャワー浴びてこい」

命令口調で、冷たく言われた。
やっぱり、機嫌が悪そうだ。
早くバスルームに行かなくっちゃと思っているのに、
恐怖からか、足がすくんで動かなかった。

動かない俺を見て不自然に思ったのか、
その人は何も言わず、顎をくいっとしゃくって、
「早くしろ」と、目線だけで、そう言った。

鋭い目をしていた。

今までの経験から、
自分の脳内に注意信号が送られてくる。

ああいうタイプはやっかいなのだ。
店ではなく、出張でよかったと思った。
外のホテルには、あまり大掛かりな物を持ち込めないからだ。

俺は、急いでバスルームに向かった。



                                

    2009.9.5

inserted by FC2 system