Purple Town  3 



< Side Jun >


ここのところ、春日の動きが変だ。
韮崎の野郎は、いったい何を企んでいやがるんだ。

大きな金が動いているらしい。
奴等の金が動くということは、チャカが動くということ。
大きな抗争にでもなったら大変だ。
俺の前で絶対にそんなことはさせない。

定期的に行われている形ばかりのガサ入れだけでは、奴等は簡単に尻尾は出さない。
無性に腹が立ち、読んでいた資料をパンと机に投げつけ、側にあった折りたたみ椅子を蹴り上げた。
こんなんじゃダメだ。
もっと情報が欲しい。

いつのまにか、もうみんな出払っていて、自分一人だけになっていた。
時計を見ると、9時を過ぎている。
今日の夜は特に予定もなかったが、ムカムカして、家にまっすぐ帰る気分でもなかった。
かと言って、一人で飲みたいとも思わなかった。

ここ2〜3日で急に肌寒くなってきた。
そうだ、秋物のセーターでも買いに行こうか。
どうせ、明日は非番で昼まで寝ていて、外出するのが億劫になるのだから。
上着を羽織り、捜四の部屋を出た。

地下鉄に乗り、南青山のいつものメンズショップに入った。
去年、何気なく入った店だったが、素材や色が俺の好みにぴったりで、
店員の応対も良く、ここの服なら、何を買ってもいいかなと思う。

平日のこんな遅い時間でも、店には数人の客がいた。
今年の流行は、紫なのだろうか。
店の正面に飾られている黒いスーツのマネキンは、紫の帽子をかぶり、紫のマフラーをしている。
馴染みの店員は、他の客の相手をしていたので、
俺はセーターの置いてある棚の方に行き、いくつか手に取り、眺めてみた。
さすがに、紫は、似合いそうもない。

その時、ふと、俺の視界に入ってきた男の、
その後姿が、気になった。
なんだろう・・・?
なんか見覚えがあるような気がする・・・
あの髪の色。

壁側にかけられていたスーツの前で、その男は、まるで感触を味わうかのように、
人差し指をすっと滑らせて、スーツに触れていた。

あの細い指は・・・!?

俺は、背中がぞくっときた。
まるで、あの指で背中をつつっと、撫でられたかのように。

そっと近寄り、スーツを見る振りをして、
自然な形で、その男の隣に立った。

その男が、ゆっくり俺の方を見た。

俺も、ゆっくりとその男の方を見た。


「・・・純・・・?」

その男は小首を傾げて、俺の名前を呼んだ。

「おまえ・・・」

にっこりと笑ったその頬には、えくぼができる。

まちがいない。

「練」
「名前覚えててくれたんだ」
「黙って、辞めやがって」
「色々あってね」
「元気そうじゃないか」
「ま、なんとか」

練が今着ているスーツもこのショップのものだとわかったし、
見た感じも、立派なビジネスマンのように見えた。
あの頃とは、雰囲気がちょっと変わったような気もする。
この店で服が買えるようになったってことは、
たぶん、もう、あんな店では、働いていないのだろうと思った。

「純のそのスーツも、ここのだね」
「ああ、おまえのもな」
「おそろいじゃん」
「何を、買いに?」
「ん、寒いから、セーター」
「ふっ」
「おかしい?」
「俺もだ」
「じゃぁ、セーターもおそろいで買う?」
「おまえとペアルックか?」
「嫌?じゃぁ、色違いならいいでしょ?」

練はくすりと笑って、セーターが置かれている棚の方に歩み寄り、
次々と手に取り、見比べている。

「純は背が高いから、何でも似合うな。う〜ん、迷う。
この紫のもいいよね」

楽しそうにセーターを選らんでいる練を見て、
あんな世界から、抜けだすことが出来たのだろうかとほっとした。

「じゃぁ、純は紫で、オレは黒にする」

練が二つとも店員に渡したので、財布を出そうとしたら、
練は首を横に降り、パチリとウインクをした。

「いいじゃん、再会の記念にオレからのプレゼント」

あのセーターは、確か、カシミアで5万くらいはしたはずなのに。
ま、この後は、俺が持てばいいか。

「ねえ、ウチに来ない?すぐ近くなんだ」

練が上目遣いで、耳元で囁いた。
笑った顔は、あの時と変わらなかった。
都心のど真ん中に住めるようになったとは、たいしたもんだな。
俺は、黙ったまま、頭を縦に動かした。

練に手をぎゅっと握られ、店を出た。
懐かしい練の匂いが、鼻をくすぐった。



賑やかな表通りから一本裏道に入り、5分ほど歩くと、閑静な住宅街になった。
南青山でもここら辺りは、一等地だろう。
練は、マンションの前で止まり、「ここ」と笑った。
外見はさほど威圧感もなく、高層でもないが、中に入ると、造りは豪華でエントランスは総大理石張りだった。

エレベーターに乗って、練が11を押す。

「あ、飯は食った?オレん家、酒しかないけど」
「酒だけあれば十分だ」

エレベーターを降りると、ドアがひとつしかなかった。
もしかして、ワンフロアー全部、こいつん家なのか?

ドアを開け、中に入ると、
「靴のままでいいよ」
と、言って俺の手を引き、歩きだした。
広い玄関ホールには、大きな絵が飾られていて、
長い廊下を歩くと、その廊下は直角に曲がっていた。
突き当たりの部屋を抜け、さらに、またその奥に広い部屋があった。
家具はなく、ソファが置かれているだけの部屋。
俺は、呆然と回りを見回した。

練は、何も言わすに、さらに、奥の扉を開けた。
そこは、寝室だった。
真ん中にクィーンサイズのベッド、横には小さなソファーとテーブル。
まるで、ホテルのスィートルームのような部屋だった。

練の腕が、俺の首に巻きつき、柔らかい舌が侵入してきた。

「練」
「話は、後でゆっくりするからさ。
とりあえず、しよ」
「もう、あんな仕事はしてないんだろう?」
「ん、店には出てない」

上着を脱がされ、練の指が器用に俺のシャツのボタンを外していく。

「純に会えて、嬉しいよ」

聞きたいことは、たくさんあった。
なんで、こんなマンションに住めるようになったのか。
株か、何かで、儲けたのだろうか。
普通のビジネスで、成功したのなら、いいのだが。

練は、見透かしたように俺の顔を見て、くすくすと笑った。

「だから、純の聞きたいことには、後でちゃんと答えるからさ。
久しぶりに会えたんだもの。
ねぇ、また、前みたいに、優しく抱いてよ」

「ああ、わかった。
俺も練に会えて、嬉しい」


今は、何も考えずに、
懐かしい、練の熱に包まれよう、
そう、思った。

俺は練を抱き上げ、ベッドにゆっくりと横たえた。

                                

    2009.10.3

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