「斎藤〜こっち来い!!!」
突然、若の怒鳴り声が奥の部屋から轟きわたった。
何かあったのだろうか。
今日は朝から機嫌が悪そうだった。
ノックをして社長室に入ると、若はデスクの上に足を投げ出し、煙草を吸っていた。
デスクの前に立つと、いきなり書類をバサッと顔に投げつけられた。
「及川の野郎、ったく、どこから嗅ぎ付けやがったんだ。
例の契約はパアだな。ウチの系列から情報が流れたとしか思えねえんだよ。
あれだけ、及川には注意しろって言っただろ?
斎藤、お前の責任だからな。ちゃんと調べて報告しろよ」
「申し訳ありません。俺の力不足で…」
あれ程完璧な下準備をしたはずなのにそんなはずはないと思いつつも、言い訳はできない。
失敗したのは自分の責任だ。
素直に誤るしかないのだ。
「あああ!マジ、ムカツク!!及川のタコ野郎の頭一発ぶん殴ってやらないと気がすまねえ」
「これから、及川に会いに行くんですか?」
若、討ち入りするんですか?若の手は汚させませんぜ、何なりと俺に命じてください、
と、本気で思った俺だったが。
「行くかよ、あんなヤツのとこ。行ったら、オレ手加減なんかできないぜ」
若はデスクに置いてあった書類を思いっきり破ってばら撒いた。
「俺でよければ、どうぞ気の済むまで・・・」
俺は若の前に歩み寄り、頭を下げた。
「バーカ、おまえ殴っても、意味ないじゃん。俺が殴りたいのは及川なんだからな。
おい、斎藤、アレだ。まだやってなかったしな。セットしろ」
若はくいっと顎を上げて隣のオーディオルームの方を指し、ニヤリと笑った。
そういうことか。
俺は大きなテレビの前に移動し、まだ開封されてなかったパッケージを開け、Wiiにソフトをセットした。
それは今流行のスポーツのゲームでボクシングができるらしい。
セットが終わると、若はソファーに座り、リモコンをピピピっと素早く動かした。
俺はゲームなんてしない方だが、こうしてたまに若に付き合わされるので、少しはできるようになったものの、若の相手が務まるようなレベルにはもちろん達していない。
「よし、こんなもんかな。な、及川に似てるだろ?」
出来上がった人形は、確かに及川にそっくりだ。
「ボッコボコにしてやるぜ」
若の華麗なパンチが、次々と及川に炸裂する。
「及川〜!クソ!クソ!タコ野郎!及川のバカーッ!!」
最近は時間が取れなくて、ジムにもほとんど行っていないけれど、フォームは相変わらず見事なものだ。
思わずうっとり見惚れてしまう。
あっという間に及川人形を倒してしまった。
「ちぇっ、弱いな。つまんねえの。
これじゃ、ストレス解消になんねえなあ。
おまえもやってみる?」
若にリモコンをぽいっと投げられてトライしてみたが・・・
俺は及川に負けた・・・
「へたくそ。あんな弱いのに負けるなんて有り得ねえぞ。
よく見てろよ」
若は笑って、もう一度、及川をボコボコに殴った。
「俺が作ったら、こんな感単にはしないのにな。
レベルのカスタマイズが甘すぎる。今度、上級者向けになんか作って売ってみるか?
結構、売れるかもな」
「若がゲームを作るんですか?」
「大学にいた頃は、そういう授業もあったんだぜ。俺の作ったゲーム、コンテストで賞取ったこともあるし」
「さすが、若です」
「俺等が、あの頃、研究室で篭ってやってた技術のほとんどが、今のゲームの基盤になってるんだ。
大手にいるTOPの奴等は、大体知っているし。
ま、でも、とにかく製作には時間がかかるからな。今の俺じゃ、そんな時間は取れねえよ」
若をモデルにしたキャラが出てくる恋愛シュミレーションゲームなら、是非やってみたいです!
と、思わず口から出そうになったが、また殴られそうなので飲み込んだ。
それから、交互に何度かプレイして、少しずつコツが掴めてきて、俺は最後にやっと及川に勝てた。
「斎藤、やったじゃん。あ〜もういいや。
喉渇いた。ビール持って来いよ」
若はシャツのボタンを二つはずし、裾をパタパタと動かし、風を入れている。
その仕草はとても子供っぽいのに、うっすらと汗をかいている肌がちらりと見えて、堪らなく色っぽい。
ビールをぐいっと飲み干した若は、今度は小さなソフトをDSにセットして、俺の膝の上にちょこんと乗ってくれた。
わっ!若!
そ、そんなことをされたら、俺もう・・・
若の微かな汗の匂いが俺の鼻をふんわりと擽った。
それは、甘い甘い拷問のようだ。
「今度は\な。いいもの見せてやるぜ」
画面を覗くと、それは俺でさえ名前くらいは知っている有名な国民的RPGゲームだった。
「俺はこれ。そして、これが誠一、な、カッコイイだろ?で、こっちがおまえ。ホント、似てるよな。
ふん、及川、覚悟しやがれよ!」
どうやら武器や防具といった装備をセットしているみたいだった。
「ははは〜及川似合ってるじゃん!見ろよ。ああ、腹痛てえ」
「な、何なんですかー?こっ、これは?」
「どうだ、似合ってるだろ?あのタコに。これでも、結構金かかってるんだぜ。
そうだ、写メってアイツに送ってやろう」
若はメイド服を着て鞭を構えた及川らしき(?)キャラの写真を携帯で撮って、ケラケラ笑いながら素早く送信した。
「アイツを殴るよりこっちの方がずっと気持ちいいな。おらおら、俺様の言うこと聞いて、ちゃんと攻撃しろよ!」
若は俺の体に寄りかかり、楽しそうにプレイをしている。
後ろから背中を抱きこむと、華奢な若の体がが俺の腕の中にすっぽりと納まって丁度良いのだ。
この時ばかりは、若も嫌なことを忘れ、リラックスしているようだ。
少年のように声をあげては、夢中になって手を動かしている若が愛しくて堪らない。
「こらっ!斎藤!てっめえ、何しやがるんだ!!」
若の柔らかな体と甘い匂いに包まれたまま、拷問を受け続けながら幻想的な世界へと飛ばされていた俺は若の怒鳴り声ではっと我に返った。
俺は何もしていないのだが・・・
いったい何が起こったのかわからないが、とにかく俺には誤ることしかできない。
「すみません」
「すみませんじゃ、すまねえんだよ!ああ?どうしてくれるんだ?」
「俺・・・何を・・・?」
「あのな、おまえが混乱して、“せいいち”と“じゅん”を殺っちまったんだよ。
ありえね〜 どんな馬鹿力持ってんだよ、おまえは。二人も殺られると、立て直すの大変なんだよ、クソッ」
「申し訳ありません」
「はあ〜、もうやる気うせた。おまえ、罰として、300人呼び込みやって来い!」
「はい」
呼び込みをする時は、若にメイドコスをさせて行きます、
と、俺は心の中で固く誓った。
「それから、明日から3日間、俺仕事休むからな。細かいことは、環とおまえで片付けろよ」
「お出かけになるのですか?」
若のスケジュールが、17日から3日間、空白になっていたことは前から気になっていた。
でも、何か重要なことがあれば、若の方から必ず話があるはずだと思い、自分からは聞き出せなかったのだ。
もしかして、あの人と旅行にでも行くのかなと、密かに思ってもみたりした。
「3年ぶりなんだぜ」
若が振り返って、俺の方に向きを変えて座り直した。
やはり・・・そうなのか・・・
たまに日帰りで遠出はすることはあっても、2泊も泊まっての旅行って、そういえば、あまり記憶になかったなと思う。
若が穏やかな微笑を浮かべ、俺の首に甘えるように腕を回してきた。
この一年も、激務の連続だった。
年末のこの時期も挨拶回りや忘年会でさらに忙しいのだが、そんな中敢えて休みを取るというのだから、よっぽど楽しみにしていた予定なのだろう。
温泉にでも浸かって、ゆっくりとしてきて欲しいと心からそう思った。
「どうぞ、ごゆっくり行ってらしてください」
「は?俺、どこにも出かけないぞ。ここに篭るんだからな」
「ここにですか・・・?」
仕事を休むって言ったのだから、篭って仕事をするということではない。
いったい3日間、ここで何をするというのだろうか・・・
俺には、さっぱり見当もつかなかった。
俺が間抜けな顔をしていたのが可笑しかったのか、若はくすりと笑って、俺の額にデコピンをした。
「]Vだよ」
「]V・・・って?」
「仕事休んでもいいんだぜ。CM見てねえの?」
「なんのCMですか?」
「もういい、おまえに説明すんの面倒くせえ。
あ、それから、明日の朝7時から発売だからな。
一番で並べよ」
「わかりました、寝ないでこのまま行ってきます」
「ん、その前に・・・
汗かいたから、シャワー浴びる。連れて行ってくれ」
若が俺のシャツの裾をくいっと引っ張った。
そして、柔らかな唇が、俺の頬にちゅっと触れた。
どうやら、甘い拷問に必死に耐えた俺は、ご褒美をいただけるらしい。
若を抱き上げて、バスルームに向かった。
若、すみません、俺、また混乱するかもです。