「斎藤〜ちょっとこっち来い!!」
突然、練の大きな声が聞こえてきた。
隣の部屋で待機していた斎藤は、急いで社長室へと入って行った。
「寒いと思ったら、見ろよ、雪が降ってきたぜ」
窓際に立っていた練は、斎藤を手招きして呼び寄せた。
「予報は雪と出ていましたが、まさか、こんな時期に本当に降るとは思っていませんでした」
「もう、今日はこれで止める。そこ片付けておけ」
「はい」
斎藤は応接セットのテーブルの上に散らかった書類を揃えて練のデスクに戻し、コーヒーカップをキッチンに持って行った。
練もパソコンをシャットダウンして、デスクの上をぱっぱと片付け始めた。
キッチンから戻った斎藤は、練から次の支持を待っていた。
練はデスクの引き出しからピンクのリボンのついた小さな箱を取り出し、斎藤にブン投げた。
キャッチした斎藤は、直立不動のまま、黙って練の言葉を待っていた。
練は窓の外の雪を見て笑った。
「義理に誰が3倍も返すかっての」
「社長? これをどなたにお渡しすればよろしいのですか?」
事態を理解できずに、斎藤は思わず、聞いてしまった。
「おまえが食え」
「は?」
「それとも、オレが食わせてやろうか? 今日は、特別だからな」
練は呆然と立ち尽くす斎藤の前に歩み寄り、にやりと笑って、小箱を持つ斎藤の手に自分の手を重ねた。
「し、し、社長! あ、あの、もしかして・・・これって・・・?」
「ホワイトデーに雪が降るなんてな、あんまり聞いたことないよな」
自分の思ったことが間違いではないとわかった斎藤の目から涙が溢れそうになった。
「これを俺に・・・ですか?」
「義理のお返しだからな。義・理・の!」
「ああああ、ありがとうございます!」
「今年は、合格だ。あの酒は中々手に入らないやつだからな」
練の元に来て初めて迎えた去年のバレンタインデーに、斎藤はチョコレートを贈って、散々殴られた。
理由は聞かされなかったが、練は「オレは生涯チョコレートは口にしない」と言った。
だから、今年のバレンタイデーには、練の一番好きなバーボンのプレミア付きの限定物を苦労して手に入れ、プレゼントしたのだ。
「向こうで食べさせてやる」
練は斎藤のスーツの裾をくいくいっと引っ張った。
「今日は寒そうだからな。おまえが毛布になれ」
練はパチリとウインクをして、寝室へと向かった。