Smile  2 



それから一週間、一日一日が長く感じられた。
今日一日、このまま大きな事件が起こらなかったら、明日の休みは予定通り取れるだろう。

今日はあのクソガキのところに行かなくてはならない日だった。
三月に一度行われる形だけの定例ガサ入れだ。
上に報告書をあげるためだけに行われる、まったく無意味なものだ。
アイツが、俺達に見つかるようなドジな真似をするはずがないということは、わかりきっているのに。
報告書がすべての、お役所仕事なんだから、ま、しょうがないってもんだ。
アイツもその辺はしっかり理解していて、一応協力はするから、俺も適当に済ませるだけだ。

イースト興業の事務所に入ると、壁にはいくつもの高そうな絵画がかけられている。
いかにも成金趣味的で、見せ付けるような配置が目障りで、今まで足を止めて見たことはなかったのだが。
今日はなぜか、気になった。
まったく、不思議なもんだな。
あそこで見た絵とは、全然違う種類のものだというのに。

社長室に入ると、大きな絵を背にして、大きなデスクに向かい、
アイツは俺の顔を見ることもなく、パソコンの画面から目を離さなかった。
本当にむかっ腹が立つ野郎だ。

「ご挨拶もできないのかよ、ここの社長さんはよ?」
アイツの後に回り、パソコンの電源をオフにしてやる。
「こら!てっめえ、保存してなかったんだぞ!
これ作るのにすっげぇ、時間かかったんだからな」
「どうせ、ろくでもない金の計算だろ?」

アイツは、はあっと大きくため息を吐き、髪を掻き揚げた。
「どうぞ、ご自由に!ちゃっちゃと終わらせてくれる?
オレ、5時には出かけるからさ」
「何も出なければすぐに終わるさ」
「だから、ウチは堅気の会社なんだからね。
何度やっても、何にも出ないの。
しつこいよ。本当に。
それで給料貰えるんだから、税金泥棒だよな、まったくよ。
オレ、あんたらの給料、いったいいくら払ってると思ってんの?」

こいつに口で勝とうと思っても、時間の無駄だ。
俺は部下に目で合図を送り、作業を開始した。

「ねえ、さっき、ウチに入った時にさ、
絵見てたよね?どうして?
今まで見たことなんかなかったのにさ」

俺達の行動は、事務所に入った瞬間から、監視カメラで見ていやがるんだ。

「別に。
いつも額縁の裏まで、ちゃんと調べさせてもらってる」
「そういう意味の見るってことじゃなくってさ。
あんた、さっき、絵そのものを見ていたからさ。
なんか、気味悪くなって」

そう言って、クソガキの野郎は、へらへらと意味ありげに笑った。

「俺が絵を見たらおかしいのか?」
「絵を見ることがおかしいんじゃなくって、今までと違うことをすることが、おかしいって思うじゃん。普通は」

まったく、鋭い野郎だ。

「俺は何も変わってない。いつも通りだ」
「ふうん、そっか、オレの勘違いってことか・・・」

これ以上話すと、何か見透かされそうで嫌だった。
俺は黙って引き出しの中を開け、何にも出てこないとわかっていても、形ばかり手を動かした。
どんなに馬鹿馬鹿しい作業でも、これが俺の仕事なのだから。

2時間程調べて、これ以上は時間の無駄だと判断し、作業は中止させることにした。
部下を先に外に引き払わせ、俺一人で終わったことを告げるために、クソガキのところに戻った。

「お疲れ。今、コーヒーを淹れてやるから、飲んでいけよ、及川のダ・ン・ナ」

何だかんだ文句を言っても、こういうところは、アイツらしい。
そして、ここのコーヒーはそこいらのコーヒーショップよりも、遥かに本格的で美味いのだ。

ソファーに座ると、すぐに、若い女性社員がコーヒーを運んできた。
あまりのタイミングのよさに、驚かされる。
まろやかな極上のコーヒーの香りが口の中に広がった。

クソガキが、俺の隣に座り、耳元で囁いた。

「ねぇ、他の奴らを外に出しちゃったってことは、
ヤルってことなの?」
「ここに来ると、余計な神経使って、みんな疲れるんだ。
早くここから出してやりたかっただけだ」
「あんたは疲れないの?」
「何を今更」
「じゃあ、いいじゃん。
ガサ入れ早く終わらせたのも、オレとしたかったからだと思ったんだけど?」
「出かけるんだろう?これから」
「一発くらいどうってことないよ」

クソガキの甘い吐息が耳にかかった。

「今日は、あいつら待たせてるから、帰る」
「ちえっ、つまんねえの。
折角、絵のことでも教えてやろうと思ったのになぁ」
「報告書の期限が、もうすぐなんだ。
コーヒー、ご馳走さん。じゃあな」

あのクソガキの知識量は半端ではない。
元々、俺たちなんかとは、脳の構造が違う人種なのだろう。
確かにアイツに聞いた方が、俺なんかが一人で調べるよりも、はるかに正しい情報を教えてくれることは、わかっている。

でも、
今は、
アイツにだけは、聞きたくなかったのだ。

俺の新しい秘密を。
絶対に知られてはならない。
                               

    2009.11.8

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