Special recipe  1 






誠一の大きな腕の中で、髪を撫でられながら、
熱い痺れが治まるのを待っていた。


「練、おまえ、今度の日曜、皐月んとこ行ってこい」
「え?日曜なのに、お店開けるの?」
「いや、店じゃない、マンションの方だ」
「何かあったっけ・・・?」

オレは、カレンダーを頭の中で思い浮かべてみたけれど、
10月16日が何の日だったかは、思い出せなかった。

皐月ねえさんと誠一の関係は一番長く、もちろん籍は入れていないものの、
実質、正妻のような存在で、誠一は何かある日は必ず皐月ねえさんのところで過ごすのだ。

たとえば、盆暮れ正月、お彼岸。
日本的な行事がある日は必ずだ。
皐月ねえさんのおせち料理やおはぎを食べに行く。
そして、バレンタインやクリスマスのような特別な日も、皐月ねえさんと過ごす。
この時ばかりは、他の人間はその前後で上手く調整して。
誠一がそうするのは、皐月ねえさんから家族というものを奪ってしまった事への贖罪なのか、
只単に皐月ねえさんの料理が一番美味いからなのか、
オレには理由はわからないけど。
ここ数年は、なぜかオレも一緒に連れて行かれる。
その理由も、全然わからない。
聞いたところで、誠一が教えてくれるわけがないし。
もちろん、オレ一人先に帰ることになるんだけどね。
それでも、誠一と皐月ねえさんと3人でくだらない話をする時間はオレにとっては楽しくかけがえのないものだった。

「おまえに教えたいことがあるってさ、
昼過ぎには行けよ」

誠一が、一瞬寂しそうな顔をしたのが、ちょっと不思議だった。
こんな顔は見たことがなかったから。

「オレに・・・何だろう・・・?」
「皐月な・・・22日に、貸切でパーティの予約受けやがったんだ。
お得意さんで、どうしても断れなかったらしい」

22日と言われて、はっとなった。
誠一の誕生日なのに・・・
皐月ねえさんが・・・
そんなことするなんて、信じられなった。
誠一は、絶対に、他の女を自分の部屋には入れないんだ。
誠一の部屋に入れるのは皐月ねえさんだけ。
毎年、この日だけは必ず店を休んで、誠一の部屋で3人でお祝いをするのが、決まり事になっていたのに。

「今年は、おまえにやらせるつもりだぞ。
ま、仕方ねえな。おまえも腹くくれ」

誠一が笑って、オレのおでこを人差し指でとんと突いた。

「ん、わかった。仕事ならしょうがないじゃん。
皐月ねえさんの分まで、オレが頑張るよ!」


次の日曜日、オレは言われた通りに皐月ねえさんのマンションに行った。
店にはたまに顔を出していたが、マンションに行くのは、夏以来久しぶりの訪問だった。

「練ちゃん、忙しいのにごめんね〜
でも、こればっかりは、電話で済ませちゃうより、実際に見てもらった方がいいと思ってね」
「オレも、その方がよかったよ。
最近、まともに料理なんてしてなかったから、電話だけの説明じゃ絶対無理だった」
「はい、これ。一応、レシピは書いておいたんだけど。
結構、下ごしらえに手間がかかるものばかりだからね」

オレは、皐月ねえさんから手渡されたレシピを見て、思わず、「うわ〜」っと声をあげてしまった。
誠一の誕生日用のフルコースメニューが、丁寧な字でぎっしりと書かれていた。

「大丈夫かな・・・これをオレ一人で・・・」
「練ちゃんなら、できるって!
これはあくまでも私のレシピだから、嫌なら練ちゃんのオリジナルでもいいけど?」
「あ〜そんなの無理!無理!
頑張って、この通りに作るよ。誠一も皐月ねえさんの選んだ料理の方が嬉しいと思うし」
「そうとも限らないと思うけど?」
「ううん、だって、オレをここに行って来いって言ったの誠一だもん。
やっぱ、誠一の誕生日には、皐月ねえさんの料理食べてもらいたいよ、オレも」


誕生日はいつもブイヤベース。
それから、ブリーチーズのフライにブルーベリーソーズをかけたもの、
すりつぶしたブラックオリーブとレバーペースト、そして、ガーリックトースト。
どれも、誠一の好きなものばかりだった。
一緒に住んでいた頃はよく作ったけど、最近はもうほとんど作ってなかったレシピだ。

皐月ねえさんは、また最初から丁寧に教えてくれた。

「面倒でも、手は抜いちゃだめよ」
「うん」

久しぶりに、皐月ねえさんと料理を作りながら過ごす時間は本当に楽しかった。
レシピ以外にも、簡単にできるもので、誠一の好きなつまみをいくつか教えてもらった。
夕方には誠一も来て、3人で酒を飲みながら和やかに過ごした。

「あ〜楽しかった。今日は一週間早く誠さんの誕生日お祝いできたから、私はもうこれで十分だわ」
「ったく、俺より大事な客がいるなんて、許せねえ」
「商売ですものね〜御贔屓にしてくださる方は、大事にしないとならないのよ、あんな店でも。
大丈夫、練ちゃんに、しっかり、マスターしてもらったから。
ね〜練ちゃん」

その時の皐月ねえさんの笑った顔が、なぜかオレの心をきゅっと締め付けた。
誠一にも、同じように見えたと思う。
本当のことは、きっと、言葉には出さなくてもわかり合っているのだろう。
二人の長くて深い付き合いには、オレなんかでは、決して入ることのできない繋がりがある。
そんな気がした。




                                

    2009.10.22

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