Sweet White Christmas  1 




誠一のマンションには、皐月が午前中から訪ねてきて、練と一緒にクリスマスの準備をしている。
キッチンに並んで立つ二人の後姿を見て、誠一は思わず笑みを零した。
仲の良い親子のように見えると言ったら、また皐月に怒られそうだなと、思う。

「私はランチ、ディナーは練ちゃんとね」
と、笑って言いながら、皐月は誠一と練の夕食の下ごしらえを手早く済ませて、三人でランチを食べるとプレゼントを置いて帰って行った。

「練、若草にケーキを予約しておいから、
若いもんに取りに行かせろ、金は払ってある」
そう言って、誠一は、予約引換券を練に渡した。
「いいよ、オレが取りに行くよ。今日はもう誰もいないし」
練は笑いながら、引換券を胸の内ポケットにしまうと、あっという間に部屋から出て行った。
「おい!待て!練」
誠一の声も聞かず、バタンとドアは閉められた。

「ったく、どんなに大変なことだかわかってねえな」
誠一は携帯を取り出して、ある番号を呼び出した。
「斎藤、今どこにいる?」
「修善寺の帰りです。今、小田原を過ぎたところです。
混んでいるので、まだ当分かかりそうですが、何か急ぎのことでも?」
「そうか、ならいい」

そういえば、あれには組長の療養先の修善寺まで、届け物を頼んだのだと思い出した。
今からでは、練の方が早く帰って来るだろう。

さすがの春日組も、今日はクリスマスだから若い者は早く帰しているし、
もちろん、イースト興業も午前中しか、営業していない。
長谷川も帰宅しているだろう。

練のことだから、ケーキを取りに行くという些細なことでさえ、楽しんでいるんだろうなと思うと、
誠一は、させてやりたいとの思いもあったのだ。
ただ、若草は地元ではかなり有名なケーキ屋で、口コミから噂が広まり、遠方からも買いに来る客がいるほどの店だった。
今年は、去年以上に予約が殺到しているとの情報を得た誠一は早めに予約をしたのだが、その翌日には予約分が完売になったらしい。
一体どのくらい時間がかかるかまったく見当がつかず、そこだけが心配だった。
でも、予約しているのだから、普通に買う客とは違って、優先的に渡してくれるだろうと思っていた。
しかし、現実は、誠一の予想を遥かに上回っていたのだ。

世田谷の私鉄の駅の高級住宅地の近くだというのに庶民的な商店街に若草はある。
店の前までは車は付けられないので、練は近くにパーキングを探して車を止めた。
クリスマスの飾りつけ一色に染まった商店街を歩いて行くと・・・

「はぁっ?何だよこれ?」

練が若草に着いた頃には、店から100m以上もの長い行列が三列も出来ていた。
最後尾には、店のアルバイトが頭をぺこぺこ下げながら、説明をしている。
でも、これはきっと予約していない人の列だろうと思って、列には並ばず店の中に入ろうとした。
胸ポケットから、予約引き換え券を取り出し、ひらひらと見せながら・・・

「お客様、順番にお渡ししておりますので、申し訳ありませんが列にお並びいただけませんでしょうか」
と、近づいてきた店員が申し訳なさそうな顔をして丁寧に頭を下げた。

「予約してるのに、並べって言うのかよ?」
「はい、誠に申し訳ありませんが、ほとんどのお客様が、予約されておりまして」
そう言って、何度も何度も、店員が頭を下げる。

「これじゃ、予約した意味ないじゃん」
「申し訳ありません」

よく見ると、確かにレジには三人の店員がいて、予約している客と一般客とに分かれているようだ。
代金を前払いしている分、予約客の列の方が、流れが速く進んではいるのだが、それでも、最後尾に並んで、ケーキを手にするまでにはかなりの時間がかかりそうだ。

練は普段は決して使うことのない、お守り代わりに持たされているあの名刺を出してやろうかと思った。
それは、「何か困ったことに巻き込まれたら、これを出せ」と言って、無理やり渡された誠一の名刺だ。

『東日本連合会 春日組 若頭 韮崎誠一』

「本当にあんなもんで、どうにかなるもんなのかねえ・・・ならねえだろ」
それに、誠一のお気に入りの店に、そんな手を使うのもどうかと思ったし。
ふぅっと息を吐き、引換券をまた胸のポケットにしまいながら、練は最後尾に戻って列に並んだ。
予約したケーキを取りに行くだけだから、そんなに時間はかからないだろうと思って、コートも着てこなかった練は、両手をズボンのポケットにつっこんだ。
今日は気温が下がっていてすごく寒い。
しかし、ここまで来て帰るわけにも行かないし。
斎藤にコートを持ってこさせようかと思ったけど、そっか、修善寺に行かせたんだっけと、思い出す。
環は、あのヒモ野郎と過ごしているだろうしな。
仕方ない、自分で言ったのだから、自分で並ぶしかないと練は覚悟を決めた。

と、思った瞬間、まるでどこからか自分の心の内を見られているかのように、携帯が震えた。
誠一からだった。

「どうだ?」
「今、着いたよ」
「混んでるか?」
「ん、ちょっとね」
「寒くないか?おまえ、上着持たずに行ったんじゃないのか?」

ここでそうだと言ったら、誠一はすっ飛んでくるだろうと思ったから、敢えて、本当のことは告げずにいた。

「大丈夫だよ、車の中に置いてあったの着てるからさ」
「そうか、どのくらいかかりそうなんだ?」
「どうかな・・・よくわからないけど・・・
そんなにかからないと思うよ」
「気をつけろよ」
「もう、小学生のガキの初めてのおつかいじゃあるまいし」

ケーキ屋の列に並ぶのに何を気をつけろと言うのかと、不思議に思った。

「馬鹿野郎、帰りの運転だ。イラついて、かっ飛ばすなよ」

確かに誠一の言う通りだ。
これから、この寒空の中どんなに並ばされるのかわからないが、帰りの運転が荒くなるのは、目に見えている。
そこまで、自分のことを見抜いている誠一に胸が熱くなる。

「ん、気をつけて帰るよ」




                                

    2009.12.25

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