紅縄  1989.2.15  1 




黒くてこんもりと盛り上がった物が見える。


おい・・・
あれって・・・
もしかしたら・・・
人間なんじゃねえのか?

数メートル手前の所で、それが確かなものへと変わった。

男だ。

ちっ、酔っ払いじやねえか。
こんなところに寝やがって。

面倒くせえ。
ったく、今日は本当についてねえな。

柵を乗り越えた。

月の光に青白い顔が照らされた。
一瞬、足が凍り付いたように動けなくなった。
生気がまるでない真っ白い顔。
何だ、酔っ払いじゃないな、あれは。
もうあの世にいっちまっているのか?
そうだとしても・・・このままじゃまずい。

近くまで行くと、胸が微かに動いたのが見えた。

まだ生きている。

とりあえず、
起こしてやるか。
電車が来たら面倒だ。

「何してるんだ、おまえ」

そう言って、その男を蹴飛ばした。

「ここで何してんだ」
と聞くと、

「始発を待っている」
と、答えた。

やっぱ、死ぬつもりだったのか。

「起きな」
と、言っても起きなかった。

くそっ。

「起きろて言ってんだよ」
と言って、思いっきり蹴飛ばしてやった。

まだ起きない。

頭を引っ張って、起こしてやった。

やっと、立ち上がる。

歩かないので、もう一度蹴飛ばす。

よろよろと歩きながら、やっと線路を出た。

「ついて来い」

土手を登った時、背後を電車が通り過ぎた。

ぎりぎりだったな。

歩道に降りて、その死に損ないの顔を見た。

なんなんだ、こいつ・・・

背中がぞくりとした。

なんて言ったらいいのだろう。
うまく言葉には表せない。

陽の下で見れば、綺麗な面なのだろうが、
暗闇の中で見ると、暗い湖の底に吸い込まれてしまいそうな、
この世の人間とは思えないような顔をしていた。

変なもの拾っちまった。

皐月にでもやるか。





                                

    2010.4.14

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