何だこいつ。
どこか怪我でもしてるのか?
全然歩かねえじゃないか。
「おい、ちんたらしてねえでさっさと歩け」
何度も振り返ってその男を見るが、さっきからほんの数歩しか進んでいない。
まったく、変なもの拾っちまったぜ。
やっぱここに捨てて行くか?
しかし、首の皮1枚繋がった死に損ないを、ほおっておいても大丈夫だろうか。
その男がゆっくりと顔を上げた。
どこを見ているのか、焦点が定まっていない。
俺がもう一度こいつを捨てたら・・・・
また戻ってあそこに寝るんじゃねえのか・・・・?
何となく・・・・そんな気がしてならない。
「くそっ」
そう思ったら、自然に身体が動いていた。
俺は男の前に近寄り、背中をむけてしゃがんだ。
「乗れ」
何で俺様がこんなことしなくちゃならないんだ。
いくら待っても乗ってこねえし。
「聞こえてんだろ。いいから早く乗れ」
と、怒鳴りつけてやった。
やっと、ふわりと身体が重なった。
おい、随分と軽いな。
本当に足はついているのかよ?
暫く歩いていると、微かな揺れを感じた。
それは押し殺すような、小さな小さな鳴咽。
そして、じわりと背中に染み込むもの。
なんだ、ガキみたいだな。
死のうと思ったのに死に切れなくて、娑婆世界に戻されちまったんだからな。
ま、仕方ねえか。
気の済むまで泣けばいい。
ふと、
去年流行ったあの歌のメロディーが浮かんだ。
ま、子守唄にはならないだろうが、
歌ってやるよ。
皐月のマンションまで、まだ少しかかるからな。
ひとつの生命を空にやった日に、
俺は、ひとつの生命を拾った。
ふん、全く、うまくできているもんだなあ。
偶然ではない。
これも、何か意味のあることなのだろう。
しばらくすると、すうすうと規則的な寝息が聞こえてきた。
馬鹿野郎、
本当に寝ちまいやがったぜ。
なんだかおかしくなって、腹の底から笑いが込み上げてきた。
明るい月を見上げて、
死に損ないを背負い、
歌いながら、歩いた。