「おい、明日の晩は部屋にいろよ」
「え?」
「早く行くからな」
いつも、「これから行く」とだけ言って、深夜に突然訪れる誠一が、
わざわざ明日の訪問を告げることは、今ままでなかった。
年末のこの時期、誠一の予定には挨拶回りや忘年会が毎日分刻みに入っていて、
先週も練の部屋に来たのはたったの1日だけだった。
どこかの組と会食があっただろうか?
しかし、誠一との約束を忘れるはずがない。
練は不思議になり、急いで手帳を開いた。
明日の夜の欄には何も書かれていなかった。
大事な接待の前には、誠一が事前に打ち合わせに来ることが今までにも何回かあったから、
もしかしたら、予定が急に変ったのかもしれないと思い、練はペンを手に取った。
「明日、どっか行くの?」
「ま、そうだな、おまえには先に行ってもらいたいところがある。
俺はその前に一仕事片付けなくちゃならねえから、間に合いそうにもない。
予約は俺の名前でしてある」
「わかった、どの店に行けばいいの?」
「若草だ」
「え、若草って・・・ 誠一・・・?」
若草という名前のケーキ屋と誠一の間には、どんな関係があるのか知らないが、
誠一と一緒に住んでいた頃、いつも、舎弟達の分まで、何十個も買いに行かされていた。
人気店なので、朝一に行かないとすぐに売り切れしまう。
普段、甘いものなんか絶対食べない誠一が、なぜかこの店のシュークリームだけは食べるのだ。
「食えるかどうかわからねえが、とりあえず、でかいの注文しておいたからな。
一人で行くな。運転には、気をつけろよ」
「誠一、何を・・・?」
練は手帳の数字を見て、
心臓がドキンとなった。
「それって、もしかして・・・?」
明日は・・・
24日。
誠一から独立して会社を興してから、
この一年近く、無我夢中で仕事をしてきた。
明日が何の日かなんて、すっかり忘れていた。
刑務所を出てから、ろくな思い出はなかった。
大抵は、この晩を一人で過ごす奴等のうっぷん晴らしに、
いつもより痛い思いをさせられていたのだから。
まだ、信じられない。
明日という日を愛しい人と過ごせるなんて、
夢のようだと練は思う。
瞼の奥がじーんと熱くなってきた。
「うん、誠一!待ってる!
お酒もいっぱい買っておくね」
「ガキみたいだって、笑うんじゃねえぞ」
「そうだ!プレゼントも買って来なくっちゃ」
「ばーか、そんなの何もいらねえよ。
おまえだけでいいさ」
「もう、誠一ったら!」
練は24日の午前の欄に、
「10時:若草」と、
夜の欄に「誠一」の名前を書き入れ、微笑んだ。
聖なる夜の、
誠一からのプレゼントは、
若草の大きな大きなクリスマスケーキと、
甘い甘いKissだった。
Merry Christmas!