紅縄  1989.2.15  4 




顔にあたる空気は凍てつくように冷たいのに、背中だけが温かい。
すうすうと寝息が首にかかる。
人を背負うなんてしたことがなかったから、こんなにくすぐったいものだとは知らなかった。
それに、こいつ・・・
匂うな・・・
何だか、甘ったるい・・・
香水でもつけているのか?

皐月のマンションはもう目の前だというのに気持ちよさそうに寝ていやがる。
仕方ないから、マンションのまわりをもう一周歩いた。
それでもまだ起きなかった。
起こすのも可哀相な気もするが、こんな格好で皐月の前に行くわけにはいかない。

「着いた」

身体を揺すって、起こしてやった。

「ん・・・・」
「おい、下ろすぞ」

少し屈んで、男を下ろす。
目は瞑ったままで、歩こうとはしない。
腕を引っ張って歩かせて、エレベーターに乗った。

皐月の部屋に入っても、下をむいたまま何も言葉を発しない。
大丈夫かよ、こいつ。
イカレちまってんのか?

「死に損ないを拾った、おまえにやる」
皐月は呆れて笑っていた。

とりあえず、何か食わせてやれと言ったら、 皐月はきゅうりのぬかみそしかないと言う。
おいおい、バレンタインだから来たんだぞ。
そりやぁ、何の連絡もしないで来た俺も悪いかもしれないが・・・・
チョコレートなんかいらねえが、旨いもの食わせてくれると思って来てやったのになあ・・・・
もしかして、日付が変わってしまったことに、怒ってるのか?

一緒に、茶漬けを食う。
皐月のところにいれば食いっぱぐれることはないから、生きていく気力が戻るまで暫くいればいいと言ってやった。
そのかわり、皐月の手伝い位はしろと。

死に損ないの名前は「練」

一寝入りしたら、買い物にでも連れて行ってやるか。

                               

    2011.2.14

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