紅縄  1994.2.15   




激しい交わりだった。
もっともっとと幾度も泣かれて、果ててはまた吸い付かれて。
あいつは不安定な時程強く求めてくる。
たぶん、一年に一度だけ、この日だけは、俺にも言えない何かを思い出してしまうのだろう。
何とかを買って欲しいなどと可愛いことは絶対に言わない奴だから、せめてこんな要求位は応えてやりたいと思う。

「んんっ…」

小さな声をあげて練が頬を擦り寄せてきた。
寝ている時は、無邪気な面してるぜ。
イーストじゃ俺でさえびっくりするような悪魔みたいな仕事しやがるのによ。
どうやら可愛い悪魔のお目覚めのようだ。

「誠一……今何時?」
唇をチュッと合わせてきて、気だるそうに呟いた。
「9時過ぎた」
「ええーーヤバッ。もうそんな時間なの」
と言って、がばっとベッドから飛び出して行った。
慌てて携帯を取り出し、夢中で画面を見ながら、
暫くの間、俺には見向きもしないで物凄いスピードで指先を動かしていた。

「よっし!ラッキー!8888円まで上がった」
小さなガッツポーズをして、携帯を耳に宛てた。
「八谷興産、10万売って、宜しく」
あいつは嬉しそうな顔をしてベッドに戻り、俺の上にバーンと勢い良く飛び乗ってきた。
「おいっ」
どうしたと 言う前に柔らかな舌が入り込んできた。
「んっ……」
俺に跨がったまま、するりと手を下に延ばしてきやがった。
「誠一……ねぇ、しようよぉ」
ったく返事を聞くまでもないだろうに。
「随分とご機嫌がいいじやないか」
「ん、誠一にバレンタインの贈り物ができたよ。8千万儲かっちゃたから誠一に全部あげる」
「おまえ……」
「オレの賭けがあたったんだ。八谷の八と8888円、何だか8繋がりで縁起もよかったしね」
「いいのか?」
「うん、オレはゲームに勝てばそれだけで楽しいんだから。賞金なんていらないんだ。
そうだ!誠一のスーツ買いに行こうよ、昨日、濡らしちゃったしね」

無邪気に笑いながら、手を怪しげに動かし、腰を擦りつけてくる。
昨日の壮絶な顔とは、別人のようにはしゃいでいる。

あれから、もう5年も経ったのが嘘のようだ。
あの日、線路に寝ころんでいた死に損ないは、もうどこにもいない。
ちゃんと一人で生きていけるように、なったじゃないか。
今じゃ、俺にスーツ買ってくれて、小遣いまでくれるっていうんだからな。
ふっ、いいもの拾ったぜ。

でも、いつかこいつは、俺よりでかくなって、俺の手から離れていってしまうのかもしれない。
ふと、そんな思いがよぎった。
ならば、俺の腕の中にいる間はせめて、存分に啼かせてやろう。

「あ、誠一にこんなにたくさんバレンタインのプレゼントしたら、
お返し大変になっちゃうね」
「何でだ?」
「誠一、知らないの? ホワイトデーは3倍返しなんだよ」
「2億7千万も欲しいのか? おまえ」
「いらないよそんな金」
「なら言うな」
「金はいらないけど、気持ちだけでいい。気持ちを3倍返してよ」
「わかった、考えておく」
「ホントに?」
「あぁ。2億7千万円分の気持ちをな」
「わ〜い、嬉しい! 楽しみー!」

跨っていた練をひっくり返して、組み敷いた。
昨晩あんなに絞り取られたというのに、
もう、身体の芯が熱くなってきた。

安心しろ。何度でも拾ってやるさ。
昨日みたいな顔は、もう二度とさせないからな。
おまえの帰るところは、いつも俺の腕の中だ。


練を強く強く抱き締めた。



                               

    2011.3.5

inserted by FC2 system