紅縄  1989.3.14   




ぬかみそのお返しは何がいいのか迷う。
あまり豪華にしても返って嫌味だよな。
皐月は他の女と違って、決して強請らないし。
今度は奈美を後回しにして、今夜の内に皐月の家に行ってやろう。
それだけでいいのかもしれない。

あの死に損ないはまだいるのだろうか……?
皐月からは何も言ってこないから、多分、生きてはいるのだろう。

面倒なことは若い奴らに押し付けて、車を走らせた。
皐月の部屋に着くと、「こんなに早く来るとは思わなかったから料理はまだ出来ていないわよ」と言って、慌ててエプロンをつけた顔は少し嬉しそうだ。
別にまたきゅうりのぬかみそだけでも構わないんだが。

「練ちゃん、ごめん。ちょっと手伝って」
皐月が隣の部屋の襖を開けてあの死に損ないを呼んだ。
すうっと出て来たその男はちらりと俺の方を向いて、皐月の後について行った。

「テーブル拭いて、お箸と取り皿出して。誠さんにビールとグラスもね。私は手が離せないから」
死に損ないは小さく頷くと少し困ったような顔しながら、皐月の言われた通りにテーブルを拭き、ビールとグラスを俺の前に置いた。
おいおい俺に手酌で飲めっていうのかよ。
むかっ腹が立ったが、死に損ないはまたキッチンの方へ引っ込んでしまった。
栓抜きがないじゃないかと思わず声をあげそうになったら、すぐに引き返して来て、箸と小皿を俺の前に置いてから、栓抜きでビールを開けて、何も言わずに瓶を俺の前に傾けた。
このくらいは仕込んでおいたんだな、皐月。
愛想はないが、まぁいいか。
拾った時よりかは、ちっとは顔色はましになっただろう。
ここで皐月の旨いもん食っているんだからな。

キッチンからはいい匂いがした。多分ブイヤベースだ。
皐月が作るのはそこいらの店なんかより本当に旨い。
ビールを注いだ後、頭を下げて部屋に戻ろうとしたら、
「練ちゃん、ちょっと誠さんのお相手しててね」
と皐月の声がして、その男は不安げな顔で立ち尽くしている。
どうせ料理ができるまで何もすることはないんだ。
少し遊んでやるか、こいつと。

「おまえも飲むか?グラス持ってこいよ」

戸惑いながらも、俺のことが怖いのか、黙って食器棚からグラスを取り出して来た。
怯えた目をして、グラスを持ったまま突っ立っている。

「立ち飲みか、馬鹿野郎。いいから座れ」

目も合わせず、下を向いたまま、俺の前に座った。
ビールを注いてやると、頭をちょこんと下げてから、一気にグラスの半分程飲み干した。

「いい飲みっぷりじゃないのか」

簡単なつまみを持って来た皐月が目を細めて笑った。

「そうなのよ、練ちゃん、結構お酒強いのよ〜
私の相手も十分務まるわ」
「ほぉ、皐月の相手が務まるなら、たいしたもんだなぁ、死に損ない。
それだけでも、拾ってやった価値があるってもんだ」
「もう、そんな呼び方しないでよね、誠さん。
練ちゃんね、割と綺麗好きでお掃除も上手だし、洗濯もちゃんとしてくれるし、すっごく助かってるのよ」
「食わしてもらってるんだ、その位当然だろ」
「練ちゃんがお料理も教えてって言うから、今、少しずつ教えてあげてるんだけど、すぐにコツを呑みこんでね。
頭の回転が早いし、中々、筋がいいのよ〜 ねー練ちゃん!」

皐月が嬉しそうな顔で、奴の隣に座ってビールを注ぐと、「ありがとうございます」と言って、
皐月を見つめ、笑みを浮かべてから、ビールを一気に飲み干した。

おいおい、俺にはそんな面見せなかったじゃねぇかよ。
何だか、ムカつく野郎だ。

ま、皐月の機嫌がいいなら、それでいいか。


                               

    2011.8.5

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