紅縄  1993.10.21   




「花金」なんていう言葉も最近ではすっかり使われなくなったが、それでもやはり、金曜日には毎週と言っていい程接待が入る。
築地の料亭から出てきた誠一は、車を取って来るから待っててと言った練に、自分も一緒に行くと告げて隣を歩き始めた。
料亭の裏側にある駐車場までは、ほんの3分程の距離だった。
いつもの誠一なら、車が料亭の玄関に着くまで待っているのに、どうしたのかな?と練は不思議に思った。
そんな練の気持ちを察して、誠一はふっと笑った。

「今日は満月が綺麗だしな。それに、ここの駐車場はいい匂いがするんだぞ」
「え?何それ?」

訳がわからないときょとんとした顔をする練の肩にそっと手を回す。

「ほらな」

ビルの谷間からぽっかりと浮かんだ満月は、神々しい光を放っていた。

「こんなところでも、外で見る月はいいもんだよな。
部屋の中から見るのとは、全然違う。
練、ここで息を吸ってみろ」

誠一は、すぅっと深く息を吸い込んだ。
練も誠一を真似て、息を吸い込む。

「な」

「うん、とっても甘い匂いがするね」

練は辺りをきょろきょろと見回した。

「金木犀だ」

誠一は駐車場の一番奥の隅に植られている木のところまで、歩いて行った。
練もその後を追う。

「この木だ」

黄色い小さな花が咲き誇っている。
練は花の近くまで顔を寄せて、花の香りを楽しんだ。

「ガキの頃住んでいたアパートの近くにも、この木が植えられててな。
この季節は、その前を通るのが楽しみだったんだ」
「へぇ〜誠一が花の香りを楽しむ小学生だったとはね、意外」
「去年、この料亭に来た時に気がついたんだ。
今年はおまえも連れて来てやろうと思ってな」

誠一は急に練を抱き寄せて、耳元でそっと囁いた。

「ここで、おまえを抱いてみたかった。
金木犀とおまえが混ざり合ったら、どんな匂いになるんだろうなって」

「えええ・・・誠一・・・?うっ・・・んん・・・」

練の言葉は誠一の熱い舌で塞がれた。
いつもよりも、さらに執拗な口づけに練は戸惑う。
Yシャツのボタンが外され、誠一の指先がするりと滑り込んでいく。

「誠一・・・マ、マジで・・・ここですんの?」
「いいだろ?おまえの車しかないんだ、もう誰も来ないさ」
「料亭の人が駐車場を閉めにやって来るかもしれないじゃん」


駐車場自体は塀で囲まれているから、歩道から丸見えという訳ではないものの、
それでも、駐車場の中はどこにも隠れるところはない。

「そんなすぐには来ないだろ。
ダメだ、金木犀の匂いとお前の匂いでもうこんなになってるんだぜ?
どうにかしろ」

誠一は固くなったものを練にぐりりと擦り寄せた。

「も、誠一ったらぁ・・・」

こうなったら、誠一が後に引くとは到底思えない。
練も覚悟を決めて、身体の力を抜いた。


満月の淡い光に練の白い肌が照らされて、この世のものとは思えない程、妖艶に見える。
さらに、金木犀と練の甘い匂いが混ざり合って、くらくらと眩暈を感じる。
誠一は、あっと言う間に達してしまった。



「悪い、運転は俺がする」
「大丈夫だよ、この位。誠一は飲んでるから駄目」

誠一はふと腕時計を見た。

「今日中にウチに戻れるか?」
「うわ〜あと、30分か・・・誠一があんなことするから!
ま、ギリギリなんとかなるっしょ」

「悪い・・・その・・・
やっぱり、明日は部屋にいたいからな」

誠一は誕生日を命日にしたくないと、毎年この日は一日中部屋に籠ることにしている。
練は何もそこまでしなくてもと思うけど、それは、一年に一度の儀式のようなものだ。
明日の晩には皐月が来て、豪華な御馳走を作って、誠一の誕生日を祝ってくれる。
だから、日付けを超える瞬間は、練と二人で迎えたいと誠一は思ったのだ。

「飛ばすからね!誠一!」
「おう、頼むぜ、続きを早くしたいからな。
今度はゆっくり可愛いがってやる、覚悟しろよ」
「誠一の誕生日なんだから、逆でしょ?
俺が誠一を気持ち良くさせてあげるんだから!」
「ばーか、誕生日なんだから、好きなことさせろって言ってんだ」
「いつもしてるくせに?」


車の中にまで、金木犀の香りが入り込んでいた。
誠一は、もう一度、ゆっくりと息を吸い込んだ。

大好きな金木犀と、
練の香りを一緒に。








                                

    2011.10.22

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