ここに入れられてから、随分と長い時間が経った。
日にちも曜日も時間の感覚も薄れて、今日が何日なのか、何曜日なのか、今何時なのかもわからなくなる。
テレビも新聞もほとんど見ないし、株価も気にならない。
現実から懸け離れた、不思議な空間。
ノートパソコンを開いても、何をする訳でもなく、
只、空っぽのスケジュールをぼんやりと見つめていた。
あと一週間で、もう三ヶ月になるんだと気づく。
採血の数値も安定しているし、退院したいなら、来週には退院しても構わないと今朝の回診で言われた。
もしかしたら、医者の野郎はカルテを見て、気がついたのだろうか。
前の時もそうだったが、奈美のダチだから、オレの事情も察して、色々と気をまわしてくれる。
退院したいならしてもいいし、したくないならまだいてもいいということなのだろう。
一番高い個室なんだ、そりぁいい客だろさ。
コツコツと足音が近づいてくる。
いつも、夕食が終った頃、決まった時間にやって来る。
間違いないなと、確信を持ってから、ノートパソコンを閉じた。
コンコンと、ドアをノックする音。
ガラリとドアが引かれて、誠一が入って来た。
「よう、どうだ?」
どうだと言われても、昨日も来たのに、と可笑しくなる。
コルニション・ピクルスの瓶をテレビ台の上に置き、ベッドの横に腰掛けた。
入院してから、飯が全然食べられなかった。
普段、酒しか飲まないからな。
さすがに、ここでは酒もたばこもダメだ。
梅干しでも持って来てやろうかと言うから、梅干しならピクルスの方がいいと言ったら、毎日持って来る。
いくら好きだからっていったって、毎日一瓶も食えないってぇの。
どんどん貯まっていくから、もういいって言ったら、今度は若草のシュークリームばっかり持って来て。
オレはそんなに甘いもん食わないの知ってるのに、
誠一のすることは、未だにオレには理解できない。
「変わらないけど」
「もう、三ヶ月になるじゃねえか。まだ、退院できないのか?」
「もしかしたら…来週…できる…かもしれない…」
「本当か?」
誠一は胸ポケットから、さっと手帳を取り出した。
「来週、木曜日には退院させてもらえ、な」
と、子どもにするように、頭をくしゃくしゃと撫でられた。
さっき、スケジュール帳を見たから、来週の金曜日が何の日だか、オレもわかっていた。
目を細めて、誠一が笑う。
三ヶ月前には、オレを殺ろうとした人間が、
オレの前で笑っている。
もちろん誠一は、自分がさせたとは決して言わないし、
謝ることもなかった。
自分が誠一の気に障るようなことをしたという自覚はまったくなかったが、誠一には何かがあったのだろう。
でも、そんなことは、もうどうでもいいことだ。
どうせ、この身体も命も誠一のモノだし。
オレがいない方がいいなら、
殴られようが、
蹴られようが、
車に引かれようが、
海に投げられようが、
山に捨てられようが、
何だって構わない。
誠一の好きなようにすればいい。
でも、本当は誠一の手でして欲しいというのが、本音。
誠一は、絶対にしてはくれないだろうけど。
「誠一が、木曜日が都合いいなら、そうしてもらうよ」
食べ切れなかったこのピクルスは、持って帰ることになるんだろうなと思ったら、何だか可笑しくなった。
オレの部屋に来た時に、食べさせてやろうか。
来週の金曜日。
多分、来てくれるだろうから。
あ、でも料理はまだ作れそうにないな。
どうしよう、皐月姉さんに頼もうか。
って、そんなこと心配しなくても、誠一が何もかも仕切ってやってくれそうだけど。
久しぶりに、誠一と酒が飲める。
それだけでいい。
プレゼントなんて、何もいらないよ、誠一。
「早く帰って来い」
「うん」
誠一の唇が、そっと触れた。